I-2




 それから一週間後。

 三日後に高校生活最初のテストを控えたサッカー部入部希望の一年生たちは、部長のいる二年生のある教室に集められた。今年度第一回目のミーティングである。

 ホームルームが長引いて遅刻してしまった宏紀が教室に入った時、すでにミーティングは始まっていた。

「えっと、土方くん?」

 教壇に立った部長に尋ねられて、宏紀は深く頭を下げた。

「はい。すみません、遅れました」

「F組でしょ? 他にいないんだね、そういえば。あの先生、ホームルーム遅いので有名なんだ。その辺に座って」

 さして怒られもせず、宏紀はほっとした。中学時代の監督は時間にうるさい人だったから、少し警戒してしまっていたのだ。

「じゃ、自己紹介してもらおうかな。A組から。相沢くん?」

 宏紀が一番後ろに座ったことを確認してから始めてくれる。それだけで、宏紀にはとても良い人に思えた。

 入部希望の一年生は男子十五人、女子は二人いた。女子の方はマネージャー志望である。
 マネージャーが入ったことが、部長にとってとても嬉しいことだったらしい。どうかやめないで、と二人に頭を下げていた。今まで専任のマネージャーがいなかったそうなのだ。

 例の祝瀬少年は一年C組だった。プロを目指しているという。宏紀の親友、貝塚松実もC組だった。その明るい性格に反して内気なうえに赤面症という、よくわからない性格の持ち主である。
 F組の宏紀はいちばん最後だった。この学校にはF組までしかない。

「一年F組、土方宏紀。マネージャー志望です」

 当然、驚きの声が聞こえだす。男でマネージャー志望というのは、確かに珍しい。当たり前の反応だろう。

 不思議なことに、親友であるはずの松実も驚いていた。もったいない、と呟いている。それを聞き取ったのが、隣にいた克等だった。どういうこと?と松実を見返して尋ねる。

「いや、宏紀って俺よりずっとうまいから。もったいないなって」

「おーい、土方ぁ。お前、貝塚よりうまいって本当か?」

 克等には恥ずかしがるという思考がないらしい。隣で突然大声を出されて、松実が赤面してしまう。宏紀はそれに、まさか、と手を振った。

「健康な身体じゃありませんから。練習してる間に倒れちゃうぐらいですよ。うまいわけないじゃないですか」

 答えて、宏紀は松実を軽くにらんだ。確かに嘘はついていないので、松実は肩をすくめるしかない。

 うまいのだ。本当に。
 ただし、充分健康な身体ではあるが、あちこち怪我をしてその後遺症があるし、練習中に倒れたこともあった。
 部活を真面目にしていられる肉体的な余裕がない理由も実はわかっている。だから、反論が出来ない。

 まだ納得はしていないらしい克等を見やって、部長はまあまあ、と話を元へ戻す。

「三年生は夏の大会が終わった時点で引退になります。今日は全員いらしてませんが、後でマネージャー兼任の元副部長が顔を出してくださることになっていますので、マネージャーは残ってください。それで、他の人は着替えてグラウンドに集合です。解散」

「おつかれさまでした」

 二年生が声をそろえて、ガラガラと音をたてながら席を立つ。
 一年生は着替えるためにジャージを持って更衣室にむかった。
 二年生の方が行動が遅いのは、ゆったりと腰を据えていたからだろうか。
 教室には女子二人と宏紀、川原部長の四人が残った。

 一分後。がらっと勢い良く戸が開いて、整った顔立ちの男が入ってきた。

「ごめん、待たせたかな。会議が長引いちゃってね。……って、おや? マネージャー志望ってこんなにいるんだね」

 びっくりした顔の彼は、何となく克等に似た人だった。校章の学年色から三年生とわかる。
 彼は固まって座っている四人の方へ近づいてきて、手近な椅子に座った。

 見覚えのある顔だったらしく、じっと女の子の一人が彼を見つめた。
 何?と首を傾げられて、思い切って言ってみる。

「あの……。生徒会長、ですよね?」

 そう言われて、何を思ったか彼はくすくすと笑いだした。そうだよ、と簡単に答える。

「うん、自己紹介しようかね。はじめまして。祝瀬忠等です。克等の兄、と言うとわかりやすいのかな? ここではすくちゃんで通ってるんで、そう呼んでください。自己紹介してもらえる?」

 なかなか気さくな人であるらしい。きれいな笑い方をする。そんな忠等を、宏紀はただ茫然と見つめていた。女子二人が自己紹介するのにも気付いていない。

 宏紀があまりぼんやりしていたので、川原部長が顔を覗き込んだ。それでもまったく気付いていない。

「土方くん?」

「あ、いいよ。彼は知ってる。宏紀、そろそろ正気に戻って。喋れないよ」

 ひらひらと宏紀の目の前で手を振って、肩に手を乗せた。宏紀がやっと顔を上げたが、それでも心はどこへやら。
 仕方ないかな、と目で溜息をついて、忠等は宏紀を無視して話を進めることに決めた。





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