II-7
遠慮はしたのだが、林野が車でS高まで送ってくれた。
校門に着いたときはすでに六限目が始まっていて、宏紀は軽く肩をすくめた。その宏紀に、林野が声をかける。
「今日は頼ってくれて嬉しかったよ」
その優しげな声に、宏紀は微笑んで振り返った。
「本当に、ありがとうございました。すみません、わがまま言って」
いやいや、と手を振る林野は、笑った顔を苦笑に変えた。何でしょう?と宏紀が首を傾げる。
「宏紀くん、林野組を継いでもらえんだろうか」
あまりにも唐突で、びっくりして宏紀は林野を見つめた。林野の表情は何やらとても真剣である。
林野がこう考えたのも、今回が初めてではなかった。
彼が喧嘩やもめ事で勝利するたびに思っていた。こいつならまとめられる。こいつなら任せられる。そう感じていた。
そして、彼にその気がないことも実は知っていたのだ。こういった生活が好きなわけではないこと。それでも心配になってしまうその心の内。手に取るようにわかる。
その心が実は必要なのだが、それと同時に、そんな心を持った人がやくざになどなるはずがないことも事実なのだ。組長になる人物にそういった心がなくってどうする、というのが林野の持論なのだが、その不可能性も熟知していた。
林野自身、あまりの矛盾に困っていた。林野の場合は、なあなあの内にこの状況になってしまっていたのだが。
林野が見るかぎりでは、宏紀は理想の組長なのだ。本人にその気はなくても。一人でも危険に立ち向かっていける勇気、弟分思いの心、統率力、そして判断力。
こんな人が組長になるなら自分はいつでも辞任する、そう思うほど。本当に、真剣にそう思っているのである。
驚いた顔をしていた宏紀が、やがてその表情を苦笑に変えた。すまなそうに首を振る。
「すみません。組長は真剣なようですから真剣に答えさせていただきますが。できればもう足を洗いたいんです。これ以上父に迷惑はかけられませんし。組を背負って立つなんて、俺にはとてもできません。不良少年たちをまとめておくくらいが俺の限界だと思いますし、やくざの世界にはできれば首を突っ込みたくないんです。おわかりいただけると嬉しいんですが……」
「だろうとは思っていたよ。君ならばそう言うだろうと。残念だが、仕方ないな。やる気のないものに押しつけるわけにはいくまい。こればっかりは」
そう言って、また林野は苦笑した。少なくとも、自分にはやる気があったのだろう、と。気が付かなかったが。
「すまなかったね、引き止めてしまって。さ、行きなさい。また遊びにおいで」
「はい、ありがとうございます」
もう自分に会いにくることがないといい。そう林野は思っていた。こんな良い子は、もうこんな騒ぎに巻き込まれてはいけない。
そう思って、すっかりふっきって、林野は曇りのない笑顔を宏紀に向けた。
頭を下げた宏紀に送られて、林野組組長の車は高校を出ていった。
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