II-6




 今回、鬼頭にはこの本能の警告は効くのだろうか。それとも逆効果に終わるのだろうか。

「後ろのフジさんとやらが恐がってるぜ。てめぇも尻尾巻いて逃げ出したらどうだ?」

「フジさん。巻き込まないとも限らないから、戻ってて」

 目は真直ぐ鬼頭を見つめ、宏紀はそう言って微笑んだ。門の前で竜太が藤原に手招きする。早く来い、と。

「あんた、その構えを見るかぎりでは、受け身ももちろん取れるよな? できないなら言っておかないと、容赦しないぜ?」

 ぽきぽき。宏紀がこれ見よがしに指を鳴らす。はっ、と鬼頭は鼻で笑ってみせた。明らかに挑発している。

 あいつ、後悔するぞ。そう思った人は門のそばに何人いたことか。全員かもしれない。

「す、鈴木……鬼頭さん。やめましょうよ」

 不安げなS中学の不良たちの声。噂を聞いていたためだろう。震えている者もいる。馬鹿やろうっと鬼頭の怒声が飛んだ。

「噂に怯えてどうすんだ。ああ?」

「でも……」

 もちろん、怯えているのは噂にだけではない。藤原のように宏紀本人の力を感じて、本能が怯えているのが大半である。それがわからないらしい。

「まぁ、見てな。こういう奴はな、一度叩きのめされれば二度とデカい面ぁできねえんだよ」

「そりゃあんただろ」

 馬鹿だねぇ、としみじみ呟いて、ふう、と身体の力を抜いた。全部。

「かかってきな。叩きのめしてやる」

「そちらこそ、お先にどうぞ」

 言った宏紀の頭に浮かんだのは今田と枕木の笑顔。見てろよ、仇は取ってやる。目を閉じ、そっと心に呟いた。

 宏紀が目を閉じたところを好機と見たらしく、先に動いたのは鬼頭だった。

 左に飛んできたパンチを右に避けて、続いた回し蹴りを受け流し、そのまま尻を蹴飛ばしてやる。できるだけ醜い格好に。門の方の苦笑が聞こえて、鬼頭は逆上した。
 そして、場は宏紀の独擅場と化した。

 宏紀の喧嘩には、殴る蹴るのうち、殴るがない。サッカーが大好きなはずなのに、足を大事にするどころか、足だけで相手を叩きのめしてしまう。骨折してからは、あまりやりすぎると折った足が痛むので無理はしないようにしている。だが、手は使わない。
 殴っても威力がないから、と宏紀は言うが、本当だろうか。昔一度喧嘩した相手を病院送りにした経験があり、仲間内ではその事件から手を使わなくなったという噂が立っていた。

 乱闘にかかった時間はたった三分だった。今、鬼頭の背中は宏紀の足置きになっている。鬼頭に従っていたS中生が傍らで震えている。

「もう、でかい口叩けないよな、鈴木クン」

 ガクガクと震える頭を無理遣り頷かせて、鈴木は涙を拭った。たった一度S中生が鈴木と呼んだだけで宏紀が本名を知ったと知ったとき、鈴木に反抗の色はまったくなくなった。震えがとまらない。

「鬼頭の名は預からせていただきます。リーダーとして大手を振って歩きたかったら、もっと良い男になりなさい。喧嘩ばかりして人を病院送りにしてばかりいるのでは、この名前は返しませんからそのつもりで。竜太、フジさん。たまに見てやってください。俺の用はこれだけです」

 足を退かして、宏紀は仲間たちの方を振り返った。竜太と藤原が頭を下げ、宏紀を迎える。まるでやくざの組長の帰還を迎える子分たちのようだった。その宏紀の背に鈴木が叫ぶ。

「土方さんっ!」

 急に丁寧な口調になっていた。現金な奴と竜太が苦笑する。そんなことにも、今の鈴木はおかまいなしだ。宏紀が止めた脚にすがりついてきた。

「どうか……どうか、俺を弟子にしてくださいっ!」

 びっくりして、宏紀は鈴木を振り返った。本気でびっくりしていた。そこまで態度を変えられると、さすがに調子も狂ってくる。弟子ってあのねぇ、と宏紀は苦笑してしまった。

「何か、勘違いしてない? 俺、弟子なんて取らないよ?」

「そこをなんとか!」

 でもねえ。困ったように宏紀は苦笑して仲間たちを見やった。顔を見合わせて、みんな笑っていた。

「じゃあ、さっき俺が言ったこと、やってご覧よ。確か、いま二年だったよね? 来年までにできてたらこの町の総番取れるようになってるよ。多分ね。竜太もフジさんも三年だから」

「はいっ!!」

 鈴木は本気でうれしそうに笑っている。宏紀は困って頭に手をやった。





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