II-5



 S中に着いて、偶然会った元M中教師に鬼頭を呼びだしてもらうと、むすっとした表情で職員玄関に鬼頭が姿を現わした。宏紀の隣の藤原を見て、チッと高く舌打ちする。

「何の用だ、てめーら。タイマンに負けといて、でかい面さらすじゃねえか、フジさんとやらいう番長さんはよお」

 たしかに正論である。反論できずに藤原は一歩下がった。かわりに宏紀が藤原をかばうように前に出る。

 他の仲間たちは校門の前にずらっと並んでいた。竜太は門の前に留守番のようだ。前に出てきた宏紀を見やって、鬼頭が片眉をあげた。

「なんだ、てめーは。見ねぇ顔だな」

「そう? 勉強不足じゃない?」

 目を細めて、馬鹿にするように鬼頭を見やる。はっ、と鬼頭は吐き捨てた。

「教科書に載るようなお偉いサンには見えねぇな」

 馬鹿ではないらしい。が、それ以上の機転はきかないらしかった。

「教科書見るだけが勉強なら、人間、その脳味噌はいらないね。パソコン持ってりゃ十分だ。あんたが暴れ始める前にこの町を誰が牛耳っていたかぐらい、知っておくものだよ」

「今牛耳ってんじゃなければ、関係ないさ。この中学までは支配も行き届いてなかったようだし」

「届いてたんだけどな。俺、脅しすぎたかな?」

 ふふっと宏紀は笑う。馬鹿だね、と呟いて。何も知らない総番気取りなど、恐れるに足りない。

「本当の番長って奴をそろそろ教えてやろう。あんたにはつとまらないって事もね。あまり調子に乗ってると、痛い目見るから注意しな。俺の用件は二つだけだ」

 何だ、と鬼頭が眉をひそめたが、宏紀は知らんぷりを決め込んだ。

「一つ目には、M中とH中に手を出さないこと。約束を取り付けにきた。もう一つは、うちの弟分が世話になったみたいだから、そのお礼をね」

 返答は回し蹴りだった。宏紀は後ろに下がって逃げながら、なるほど、と思った。武道か何かのようだ。これで技を決められて、さすがのあの二人もやりかえせずにやられてしまったのだろう。
 厄介だな、くらいにしか宏紀は感じなかったが。

「少しはできるようじゃねぇか」

「まあ、そう熱くなるな。喧嘩はあまり好きじゃない。M中なんてここからじゃ遠いだろう? 損にはならないと思うけど?」

「ふん。喧嘩嫌いがどうやって礼をしようってんだ? その可愛い身体で楽しませてくれるってかい?」

「先約がいるものでね」

 宏紀の返答は実にそっけない。えっ、と隣の藤原がびっくりしている。けっ、バーカ。鬼頭の表情がそう言っていた。馬鹿はお前だろう、と苦笑を返してやる。

「好きじゃないが、できないわけじゃない。日本語は最後までちゃんと理解して聞けよな」

 今まで取り合わない風にしてきた鬼頭が、ようやくむっとした表情になった。

「何モンだ、てめぇ」

「土方宏紀」

 自分の名を名乗るだけ。藤原はハラハラしながらことのなりゆきを見守っている。鬼頭の手下らしい少年たちが裏の方から近寄ってきた。その少年たちを取り押さえようと動きかけたM中の生徒を、宏紀は片手の動きだけで制した。

「肩書きは?」

「いろいろあるけど。とりあえず、M中前番長」

 ぴくっとこめかみが引きつるのが確認できた。鬼頭は弱気になりかけた心を奮い立たせた。
 名前は知らなかったが、M中の前番長といえば、四年間M中とその周辺の中学生を取り仕切り、高校生にも恐れられたという驚くべき力の持ち主であるとは聞いて知っていたのだ。

「俺を敵に回す?」

 余裕げに宏紀はそう言って首を傾げた。こんな華奢な奴にできたことだ、この俺にできないはずはない。そう思ったらしい、と宏紀にはわかる。顔に出ているのだ。

「高校生が中坊の喧嘩に口をだしてくるたぁ驚いたね」

「ああ、できることなら俺も、放っておきたかったね。けどね、あんたが昨日の夜ノシたうちの弟分二人、命にかかわる重傷だったんだ。そこまでされれば人間として我慢できなくってね」

「そこまでされて詫び一つ入れないそいつらが悪いんだろ?」

「できなかった、の間違いじゃないの? それで、殺人未遂?」

 何だそれは、と声を荒げた鬼頭に、宏紀は疲れた風に首を振った。

「命にかかわる重傷、そう言ったはずだ。もし死んでいたら、殺人犯だね」

「死ななかったんなら、俺は関係ないだろ?とっとと帰んな。そいつらのようになりたくなければな」

「……お山の大将が」

 初めて宏紀は吐き捨てるように言った。目が半分座ったまま、見上げているはずなのに、見下ろしている雰囲気である。

「叩きのめされるのはあんたの方だよ」

 びくっ。藤原が恐怖のあまり宏紀から離れる。

 こんな宏紀を見たことは何度かあった。こうなったとき、大体の場合、宏紀のまわりに嵐が起こる。

 敵側にいたことも味方側にいたこともあったが、藤原自身はこういう宏紀には近付けなかった。恐かったのだ。おそらく本能の反応なのだろう。何故恐かったと聞かれても返答に困る。何となく恐かった。

 ただの弱虫かと自問したこともあったが、他の人間もそうだと知ってほっとしたことをはっきりと覚えている。





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