II-4
駅前商店街の裏にあたるくたびれた場所に、その雑居ビルはあった。
階段の入り口に『林野組』という看板がかけてあった。すぐそばに三Fという表示がある。十年くらい経った木の板がそれだった。
暴力団なのだろうが、荒々しさばかりを感じさせるものではない。宏紀は軽く上を見上げると、階段を上りはじめた。
ワンフロアワンルームタイプのテナント専門ビルのようだ。三階にもドアは一つきりだった。スチール製の安っぽいドアで、くもりガラスに林野組と彫られたプラスチックプレートがはってある。
宏紀は二回ノックをした。返ってきたのは太い声だ。背の高い人らしい影が近付いてきてドアを開ける。宏紀の知らない、若い男だった。彼から見ればさらに若い宏紀を見下ろし、男は宏紀に名を問う。
「土方と申します。林野組長はおられますでしょうか」
取り次ぎの教育はしっかり受けているようだ。中へ入っていった男は、戻ってくると、どうぞと言って中を示し、先に立って歩きだした。
応接用に整えられた所に、小太りの男が座っていた。それを見つけて、宏紀は近づく前にぺこっと頭を下げる。男は親しげに声をかけてきた。
「おお、宏紀くん。しばらく見ないうちにまた大きくなりおって。ま、座れや。松原、茶ぁ出せ」
はい、と答えて彼がさらに奥へ行ってしまう。座れ、と言われて、宏紀はまた頭を下げた。
「ご無沙汰いたしておりました。失礼します」
示された場所へ宏紀が腰を落ち着けると、林野は何やらうんうんと頷いた。宏紀が首を傾げてみせる。
「足を洗ったと聞いたが、本当のようだ。どうだね、高校生活は」
「本気でサッカーに打ち込めますので、助かっています。ところで、今日伺ったのは中学の件なのですが」
ああ、あれか。林野はこともなげに頷いた。中学生の揉め事とはいえ地元のことだ。すでに組長の耳にも入っていたらしい。
違うことかも知れず、ご存じですか、と尋ねると、つい先程竜太から聞いた話とほとんど同じ答えが返ってきた。
知らない間にそれなりに大きな騒ぎになっていたようだ。おやおや、と呟いて、宏紀は肩をすくめた。
「いずれ一度顔を拝んでやろうとは思っていたんだが、その中坊がどうした?」
「俺の後輩が二人、入院沙汰にされました。命に問題はありませんが」
「怒ったかい?」
さあ、と首を傾げてみせて、宏紀はくすくすと笑った。
「怒ったというよりは、そろそろへこましてやった方が良いかな、と」
それもそうだ、と呟いて、林野が立ち上がり、窓辺に立つ。それを見上げ、宏紀は頭を下げた。
「ついては、勝手なお願いなのですが」
「足が欲しい、と?」
「はい」
宏紀が答えて頷くのを聞いて、林野が茶を出してくれた松原という男を呼び、コードレスホンを持ってくるように言い付けた。
「何人分?」
「三十ほど」
「多いな。まあ、なんとかしよう」
ありがとうございます、と宏紀が頭を下げた。
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