II-3
病室を出ると、宏紀は開口一番こう言った。
「竜太。みんなを集めて。殴り込みにいく。移動手段はこっちで用意する。何人くらい集まりそう?」
「お、おい、土方っ!」
びっくりして辻が声を上げる。まだ病室からそう離れていないため、宏紀はしっと唇に人差し指を当てた。うーん、と考え込んでいた竜太がようやっと顔をあげる。
「H中のフジさんも来るんでしょうね、宏紀さんが動くからには。とすると、三十くらいでしょうか」
どうしてM中の騒ぎにH中まで出てくるんだ?と不思議に思って聞いてみると、竜太はこの事件の背景にある一部始終を話した。
竜太の耳に入ってきたのは、フジこと藤原が動いたことからだった。この騒動の発端はS中の隣の中学、C中の番が突然、S中の無名の不良に乗っ取られたことだった。その男は自ら鬼頭と名乗ったが、本名ではないという。
C中を乗っ取った鬼頭は自分の学校も乗っ取り、H中へと矛先を向けた。S中からH中までの道筋にはA中、T中という二つの中学校があったが、そこの番長はすぐさま白旗を振ったらしい。
藤原は鬼頭にどんなに仲間が傷つけられても無視を貫き、水面下で鬼頭の徹底調査をすすめた。宏紀のやり方を受け継いだものである。
そこまでしてもなお、藤原はタイマンに持ち込まれ、あっさり負けてしまった。
藤原は身体も小さく喧嘩も弱い。その分頭で勝負してきた。それは同じ中学の仲間たちも知っていたため、報復に出ようとしていたのだが、藤原に止められて大人しく白旗を出した。
喧嘩には弱くても、相手の力量は測れる男なのだ。藤原としては、無茶な喧嘩をして怪我人を出したくなかった。そして、今回の事件である。
「S中からどんどんこっちへ来てる、ってことは、市内征服でもするつもりかな?」
え?という顔で竜太は宏紀を見た。何?と宏紀が返す。
「いえ、フジさんと、狙いは宏紀さんかな、って言ってたんです。違うんですか?」
「たぶん、それはないよ。鬼頭とかいうのが動きだしたのは今年に入ってからだろう? もし転入してきたなら俺のことは知らないはずだし、去年もS中にいたなら俺が卒業するのを待って行動に出たんだ。だから、俺が狙いっていうのはない」
なるほど、と竜太が納得して頷くのを見て、宏紀は苦笑する。さすが宏紀さん、と言われてまた笑った。
「何時までに集められる? 場所は…指ぬき地蔵の前」
「M中とH中の丁度真ん中、ですか。今十一時ですから…十二時半には」
「OK。それでよろしく。ところで、届けて欲しい物があるんだけど。自転車、高校まで。頼める?」
「借り物ですか? 了解です」
共に病院の出口まで歩いた辻が、呆れた表情で二人を見やり、溜息をついた。その露骨な溜息に、宏紀と竜太は顔を見合わせ、笑いだした。笑っている二人の無邪気な笑顔に、辻も苦笑してしまう。
「これ以上怪我人が出るのは困るぞ。相手側の中学の先生がうちみたいに甘い人ばかりとは限らない。わかっているだろう?」
「やだな、先生。俺が怪我人なんて出すと思います? 高校生の土方宏紀は真面目生徒なものですから、人に怪我なんてさせられないんですよ」
辻は、どうだか、と答えて苦笑した。
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