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 II


 その事件から一週間。

 父親はきちんと家に帰ってくるようになり、宏紀としてはだいぶ精神的に楽になっていた。

 もちろん、高宏を連れてである。今までは高宏の家に泊まっていたらしい。そう聞くと、少し腹立たしくなる。が、幸せになったことは事実だった。

 忠等に再会して以来、宏紀にもようやく幸福が寄ってくるようになったらしい。愛してくれる恋人がいて、息子思いの父がいて。学校でも友達は今までよりぐんと増えた。

 これ以上の幸せは、宏紀は望みもしなかった。この幸せがいつまでも続くのなら、それが最高の幸せだった。このささやかな望みさえも宏紀は欲張りだと思っているのだから、今までがどんなに不幸だったか、わかるというものだ。


 久しぶりに登校したその日の朝、宏紀はさっそく呼び出された。電話だという。

 事務室にいくと、事務員の女性は、困るんですよね、という表情で宏紀に受話器を渡してくれた。お待たせしました、と受話器をとる。相手の声を聞いて、宏紀は驚いて声を上げた。

「つ、辻先生!?」

 声を上げて、ハッと宏紀はまわりを見回した。誰も関心を示していないことを確認して、宏紀は声を落とす。

「どうなさったんです?」

『突然電話して済まないね。今病院なんだ。大至急来てくれないか? 今田と枕木が重傷で、呼んでほしいって彼らが言うんだよ』

 一瞬、頭が辻の言葉を受け付けなかった。今田と枕木といえば、宏紀を慕って何かとついて歩いた二才下の仲間である。一体何があったというのか。

 わかりました、と宏紀は場所を聞いて電話を切る。ありがとうございました、と事務員に頭を下げ、丁寧に部屋を出て、宏紀は突然走りだした。

 階段を駆け上がり、自分の部屋でなくC組のドアを勢い良く開ける。まだ担任は来ていないようだ。

 宏紀にしては落ち着きのない様子に、松実が自分から寄っていった。教室にいる生徒たちは宏紀が自宅謹慎処分を受けたことを知っているらしく、奇異なものを見る目で宏紀を見ている。サッカー部の仲間だけが、心配そうな目を向けた。

「ごめん、まっちゃん。チャリ、貸してくれる?」

「うん、いいよ。僕のどれだかわかるよね?」

 ほい、とブレザーのポケットから鍵を取出し宏紀の手の上に落とす。それを握って、宏紀はありがとうと頭を下げた。

「あわてて事故起こさないでね。気をつけて」

 心配して松実はそう言った。また感謝の言葉を述べて、今度は自分の教室に向かって走る。こちらはホームルーム中だった。宏紀は教師に朝のあいさつをしながら自分の机に向かい、机の上に放ってあったカバンを取って、ぺこっと頭を下げる。

「すみません。早退します」

 言った途端に教室から飛びだしていた。





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