I-6




 食後、皿くらい俺が洗うから、と邪魔しようとする酔っ払いの父をリビングへ追いやって、宏紀はいつもの二倍の皿を手際よく洗っていた。ついで、皿を拭きはじめる。
 酒の入っていない人間はもはや自分だけで、忠等に手伝わせることも出来ない。

 長椅子に座った貢に寄り掛かる高宏と、ぼんやりテレビを見てたまに宏紀の方を見やる忠等を観察して、ふと宏紀はあることを思い出した。

「それで? 父さんと高宏さんって恋人同士なんですか?」

「うん。見りゃわかるだろう? そっちだって人のこと言えないじゃないか」

 簡単に肯定するしな、と高宏がぼやいた。忠等は突然真っ赤になって俯く。あ、やっぱりと宏紀は笑った。

「親子なんだね」

「変なところでな」

 変なところでね、と口元で呟いて、楽しそうにまた宏紀は笑う。

 貢はそれで思い出したらしく、話があると真面目な声で宏紀を呼んだ。仕事中の宏紀は何となく想像していたことを確かめただけで作業を止めない。

「母さんとの離婚の話でしょ? 高宏さんが原因なんじゃないの?」

 どうやらその通りだったようで、貢は宏紀の後ろ姿を見つめてうんと答えた。ほらやっぱり、と言いながら、最後の皿を食器棚に返す。
 そうして、宏紀は冷蔵庫から紙の箱を取り出した。お腹落ち着いた?と尋ねながら、居間の方へやってくる。

「はい、デザート。で、何?」

「先に不倫したのは母さんだ」

 ふーん、とだけ返して父を見つめる。母に聞けば先に不倫したのは父の方だと言うのだろう。世の中の離婚した夫婦なんて、所詮そんなものである。

「俺が一生懸命仕事してるっていうのに、その目の前で他の男とキスしてれば、どんなに良い夫だって怒るだろう?」

「そうだね。ふーん、その不倫の現場を自分の目で見ちゃったんだ?」

 災難だったね、と苦笑して宏紀が相槌を打つ。

「それが十七年前」

 ちなみに忠等の生まれたのが十七年前である。宏紀は種も出来ていない。今年で十五才なのだから。

 あれ?と宏紀は思った。その頃にはもう父と母の仲が良くなかったということは、宏紀はどうやって出来たのだろう。宏紀が首を捻っている間にも話は続く。

「その話を相棒だった高宏に話したらさ。じゃあ俺と不倫しようか、って言われてな」

「その時は、まあ本気で思ってはいたけど、冗談のつもりで言ったのにな」

 へぇ、と思いながら、ますます不思議になった。どうやって宏紀は生まれたのか。両親共に不倫していたのに。

「その二年後に宏紀が生まれた。もう離婚しようか、って言ってる時に出来てね。彼女は何が何でも産むって言うし。両親が揃っていないっていうのは生まれて来た子にかわいそうだ、ってそれから十二年間ずっと一緒に暮らしてた。結局父親も母親も家にいなかったんだから、状況は片親よりひどいんだけどな」

 いないよりは良いんじゃない?と答えて、まさかと思う。まさか、自分は貢の子ではないのだろうか、と。

「宏紀の宏って、高宏の宏なんだぞ」

 え? 宏紀は驚いて顔をあげた。ということは? 自分の好きな人の名前の一文字を息子につけたということは、それなりに息子を愛していた証拠だろうか。

 そうなのか?と高宏が貢を見やる。そうなんだ、としっかり頷く貢を見ていて、宏紀は思い切って聞いてみようかと思った。この時を逃したら、もう一生聞けない気がした。

「俺、父さんの子じゃないの?」

「うん、そう。血が繋がっているかどうか、っていうことで見たらね」

 うん、って……。頭をかかえて高宏が溜息をつく。本当に?と再び聞くが、答えは一緒だ。さらに強い口調で、おまえは俺の子じゃない、と返されてくる。

「あの頃、妻と同じベッドに寝た覚えはないからね。宏紀が生まれたときは俺も立ち合ったけど、初めての子だったしね、でもあっちの男は来なかったな。いまだに顔も知らない。俺に気が引けたのか、もともと捨てるつもりだったのか。遊びで出来た子なのかも、という考えはさすがに即否定したけど」

 想像はしていてもびっくりだった。ずっと父親だと思っていた人が、実は血もつながっていない赤の他人だったとは。

 そう思ったとき、突然、何だか恐くなった。他にも自分の知らないことがこの家にあるのではないかと思うと、宏紀は恐くなって自分の身体を抱きしめた。本当の父親は一体誰なのか、知りたいような知りたくないような。すごく複雑な気分になる。

 でもな、と貢は話を続けた。

「でも、宏紀の父親は俺だからな。作るだけ作って放っておくような男には、おまえは渡せないよ。そうだろ?」

 言って、貢はにやっと笑った。父親の自信のためか、堂々とした、それは宣言のようだった。おまえは俺の子だ、という父としての貢の意思の表れだった。

 そうやって息子を思ってくれる父を見て、宏紀は嬉しくなって、微笑いながら頷いた。

 本当の父親など、どうでも良い。自分にはこんなに良い父がいる。宏紀にとってそれは、実はもうすでに大きな精神の支えになっていた。父親ってこういう人をいうんだ、とわかって嬉しくなったのだった。





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