I-3




 部屋には、校長、教頭、宏紀の三人が残る。

「ところで土方くん。君の処分については実はもう決まっている。君の部の先輩たちに聞かれるのはまずかろうということで誤魔化した。処分は君のご両親交えて話しましょう」

 え?と宏紀は首を傾げた。困ったな、という表情で。あまり父親の仕事に迷惑をかけたくない。母親の連絡先は学校に報告していないので、来ることはないだろうが。

「両親、というか、うちは父子家庭なので父親しかいませんが、連絡してもつながるかどうか。何しろ忙しい人なもので」

 何しろ警察官、しかも警視である。忙しくて来ている暇などないだろう。取次さえしてもらえるかわからない状況なのだ。それともそれは昔だけで、昇進した今は暇だろうか。

 何しろ親の仕事には興味がなかったので、余計心配だった。こんな親に育てられたから、とは思われたくないのだ。あの人は関係ない。

「先程親御さんの連絡先に電話しましたら、すぐに来ていただけるということでしたので。授業の出席については、特別欠席ということで、今日は欠席には数えません。事件のことを詳しく話してください」

 宏紀の言葉遣いが、いまどきの若者はきちんと喋れないというしっかりした敬語であったことに影響されたのか、教頭の言葉遣いもやけに礼儀正しい。
 はい、と素直に頷いて、宏紀はことのあらましを説明しはじめた。


 父親が来る前に、誰が何故連絡したのかわからないが、出身中学の教育指導担当の教師であった辻がやってきた。校長に対し、お騒がせしましたと頭を下げている。
 まるで宏紀の父親のように世話を焼いていただけに、気にかけて来てくれたのだろう。頭が下がる思いだった。

「すみません。辻先生。ご迷惑をおかけして」

「いや、でかい騒ぎにならなくてよかったよ。これが一対一でなかったら警察沙汰になっていたところだ。何しろ君と須藤くんは、まるで水と油だからね」

 恐れ入ります、と宏紀は頭を下げた。この丁寧な態度に辻氏は驚く様子もなく、笑ってみせていた。宏紀も恥ずかしそうに苦笑する。

 校長と教頭はまたまたびっくりしていた。
 不良相手に頭ごなしに悪いと決め付けず、良かったところをさり気なく見付けだして誉めてやること。普通の教師にはできないことだ。
 数多くの不良少年たちとかかわってきたベテランだからこそ出来ることなのだろう。

 チャイムがなり、表が騒がしくなった。

 コンコン、ドアが鳴る。校長が返事をすると、戸が開いて女性事務員と父親が入ってきた。入れ違いに辻が出ていく。
 向こうには心配そうな顔の忠等も見えた。休み時間になって、心配してきてくれたのだろう。懐かしの辻先生を見つけて話しかけている。事務員が戸を閉めると、その二人も見えなくなった。

 父、貢が、校長と教頭に向かって深々と頭を下げた。

「この度は息子がご迷惑をおかけしまして」

「いいえ。どうぞおかけください」

 教頭が立ち上がり、宏紀の隣を示す。父親が座ったことを確かめて、再び教頭が腰を下ろす。宏紀は貢に向かって頭を下げていた。

「すみません、仕事中に呼び出したりして」

「いやいや、仕事の方は、やっと一段落したところだったからね。良い息抜きになるよ。ところで、いったい何をしでかしたんでしょう、うちの息子は」

 前半は息子に、後半は校長に向かって言った言葉。実は、と教頭がことのあらましを説明する。
 ふむふむと相槌を打ちながら聞いていた貢は、話が終わるとあまりのあっけなさにそれだけですか、と尋ねていた。困って教頭がええ、まあ、と力なく答えている。
 中学時代に呼び出されたときよりも何十倍も単純な喧嘩で、貢は拍子抜けしてしまっていた。

「大人しくなったんだな、宏紀」

「番、譲ったから」

 宏紀の返答はそれだけだった。ふーん、と貢もそれだけを返す。親子の会話ではあるのだろうが、どこか事務的でもあった。で、と貢は校長を見やる。

「どんな処分になるのでしょう?」

「一週間の自宅謹慎に決まりました。ご協力をお願いいたします」

「だそうだ」

 まったく息子の生活に関与していないらしく、貢は息子に対してそう流した。あ、そう、と宏紀は何でもないように言っている。勉強大丈夫か、と問う父親に、別にどうってことない、と返して。その問答に校長も教頭も幾度目かの困惑の表情を見せる。

 どうやら徹底した放任主義らしいと理解したが、不良のリーダー格であったことを隠しもしない息子と、平然と受けとめる父親というのは、大変珍しかった。

 大体こんな不良少年がこの学区一位の進学校に入ってくること自体、前代未聞の珍事なのだ。いったいどんな育ち方をした子なのか。まったくの謎だった。

 結局、宏紀は一週間の自宅謹慎、サッカー部は宏紀一人の責任にしてお咎めなしとなった。





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