I-2




 翌日、何故か秘密裏に校長室に呼びだされた宏紀は、何故バレたのだろうと首を傾げていた。

 外面的には職員室に呼ばれたことになっていて、その事件が部活で練習試合に行く途中であったことも知れていたらしく、隣に部長とマネージャーの忠等も並んでいた。

 三人の前には、校長、教頭、三学年の学年主任、宏紀のクラスの担任教師、それにPTA会長が顔を揃えている。

 一番口うるさいのがPTAの会長だった。娘か息子か孫か、誰がこの学校の生徒なのかは知らないが、随分と威張り腐った人物だ。
 宏紀は、見るからに地元の名士然とした態度の男の話など、右の耳から左の耳に素通りさせている。
 偉そうな大人の話はごく自然に無視するあたり、少し前まで不良の番格だった名残だろう。

「聞くところによると、土方くんは中学時代にも不良連中のリーダー格として有名だったそうじゃないか。そんな君がよくこの学校に入れたものだね」

 大きなお世話だ。どこからそんな話を手に入れてくるのか、あることないことよく喋る。あまりにもプライベートなことまで追求するPTA会長に、さすがに校長も割り込んできた。

「まあまあ、須藤さん。そんな昔のことまで引き合いに出すことはありませんでしょう」

 まわりを見回すと、つぎつぎとバラされる宏紀の過去の悪事の数々に、開いた口がふさがらない教師がちらほらと見受けられた。
 身に覚えのないことも含まれていたが、否定してもしなくても大差ないので言わせておくことにした。

 ただ、一つだけ気になる。サッカー部に対する処分がどうなるのかとそれだけ注意していたのだが、まったく触れられていないのだ。
 何のために授業をサボらされてまでこの場所に部長と忠等がいるのかわからない。

「あの、お話中失礼します。一つよろしいでしょうか」

 PTA会長から明かされる彼の悪人ぶりからは想像もできない穏やかな口調と丁寧な言葉遣いで、宏紀は突然、口を開いた。ぎょっと校長以下同席した全教師が目を見開く。

「先程からわたしの昔の悪業ばかり並べ立てておられますが、サッカー部の方はどうなるのでしょうか? 何か厳重な処分があるのでしょうか?」

 どうも今までの話は大筋認めているらしいが、あまりの話と本人とのギャップに、教師たちは驚きを隠せない。

 戸惑いを隠そうと額の汗をハンカチで拭いながら、教頭がそのことについて話しだす。実際汗は出ているように見えない。

「サッカー部は一ヵ月の活動停止、及び、今年度の夏の大会における参加の禁止となります。土方くんは後程改めて職員会議を開き、処分を決定します」

 朝の会議だけでは足りなかったようだ。部長がびっくりして聞き返してしまう。忠等も生徒会長としては一度も見せたことのない憮然とした顔で、無言の抗議をした。宏紀は何の感銘も受けず、ふうんと呟いている。

「その処分はあまりにも厳しすぎはしませんか?」

 そう抗議したのは忠等だった。目で訴えても気づかれやしないのだ。忠等に表情はなかった。

「たかが土方くん一人の私的な諍いです。確かに練習試合に向かう途中であったことは認めます。しかし、そう大きな騒ぎにもならず土方くんが片を付けてくれましたし、サッカー部そのものとしては口出しもしていません。僕ら三年生にとって、夏の大会は最後のチャンスなんです。そのことはご考慮いただけたのでしょうか?」

「もちろん、他の先生方から多数指摘を受けました。しかし、この騒ぎは、わが校全体の評判をも落としかねない不祥事ですよ。認められません」

 答えたのは校長だった。その表情は苦しみに歪められている。

 本当はこんな処分をしたくはないのだろう。それも当然のことといえば当然のことだ。
 部活動のあまり盛んでないこの学校において、サッカー部は毎年都大会進出を果たし、ベスト八まで登りつめたことすらある、優秀な部なのだから。そう簡単に手放せるほど、東京都の高校サッカーのレベルは低くない。

 暗い雰囲気のこの部屋で、PTA会長である須藤氏だけがほくそ笑むような不思議な笑い方をしていた。それを見付けて、宏紀はおや?と思う。

「聞き覚えがあると思えば。PTA会長さんって、あの須藤さんのお父上じゃありませんか。いいんですか? 当事者の父親が主観的立場でこんなこと決定させたりして」

 何故か校長がびっくりしてPTA会長を見つめた。教頭も同じようにしている。
 道理で他人にあまり知られていないことや不良達しか知らないことまで知っているわけだ。息子からあることないこと聞いているのだろう。誰もこの親子関係を知らなかったようだ。

「個人的な恨みに権力振りかざすなんて、少し大人げないんじゃありませんか? 校長先生。私のことはどんな厳しい処分にも付していただいてかまいません。ただ、サッカー部のことはもう一度考え直していただけませんでしょうか?」

 弾かれたように、教頭を始め全教師が校長の顔をうかがう。そうしましょう、と哀願するように見つめる教師もいた。校長が今度はごく冷静に頷く。

「わかりました。サッカー部の件はもう一度検討しましょう。結果が出るまで活動しないで待機していてください」

 担任に教室に帰るように言われて、忠等と部長は顔を見合わせ、失礼しますと頭を下げて部屋を出ていった。教師たちもそれぞれの仕事に戻っていき、PTA会長も居心地が悪くて出ていった。





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