第二章 闘い I-1




第二章 闘い


 I


 五月にもなると、一年生の生活もようやく安定してくる。

 サッカー部も夏の試合に向けて本腰を入れた練習を始めた。マネージメント業はサッカー経験者の宏紀と慣れてきた女子マネージャーに任せて、忠等も練習に参加している。

 松実や克等など試合に直接は関係ない一年生も練習相手に駆り出された。この部活動のあまり活発でないS高校のグラウンドは、ほとんどサッカー部の独断使用の場と化していた。

 それはある日曜日のことだった。
 近くにある私立の高校と練習試合をすることとなった彼らは、学校に集合し、バスで相手の学校まで移動することになった。自転車通学は許可しているくせに、学校側から自転車の利用許可が下りなかったのだ。

 人数が多いため、三度に分けて乗車することになった。選手となる三年生たちが最初。選手となる人もならない人もいたが、とにかく二年生が二台目。一年生は三台目になった。マネージャーはそれぞれ一人ずつに別れた。

 その一台目にきたバスに彼らにとっての災いが乗っていた。

 そのバスに乗るマネージャーがもし宏紀じゃなければ、この問題は起きなかったのだろう。

 中学の学区分けで宏紀の母校であるM中の隣にあたる中学の、宏紀と同じ年の元番長がそのバスに乗っていたのである。今年卒業して、今は何もしていないはずだった。

 宏紀は彼を見付け、別に隠れるでもなく自分の仕事に忙しそうにしていた。降りる予定の停留所に近づいて、宏紀はバス代を皆に告げてまわっていた。

 その時、バスの振動のせいで宏紀の肩がその男にぶつかってしまったのである。

「おう、てめえ。人様にぶつかっておいて挨拶なしかい」

「あ、すみません。気付きませんでした」

 サッカー部員たちが謝っている声が宏紀の声なのに気付いてびっくりした。全員が宏紀とその男に注目する。

 宏紀のそばにはちょうど忠等もいて、はらはらしながら宏紀を見守っていた。こんなところで喧嘩になったら、と気が気でない。

「気付きませんでした、だと? 何様のつもりだ、おら」

 ぐっと襟首をつかんで男は宏紀の顔を見てやろうと引き寄せる。そして、その形のまま硬直した。

「ちょ、苦しいですよ」

「ひ、土方……」

 すっと手を伸ばして、衿をつかんでいる手を外し、宏紀が深く息を吐く。そして、上目遣いに睨みつけてやった。

「そちらこそ、何様のつもりなんです? 須藤さん」

 外された手を下ろしもせず、そのままの形で硬直している須藤に対して、宏紀が軽く笑ってみせる。
 数ヵ月前までは、この笑み一つで仲間たちの士気を高め、逆に敵の戦意を奪っていた。その笑みなのだ。須藤がひるむのも無理はない。

「こんなところでいちゃもんつけて、みっともないと思わないんですか?」

 言われているうちに体勢を立て直したようだが、宏紀の方はまったくの無視を決め込む。バスのなかでは運転手以外の全員が彼らに注目していた。

「土方宏紀っ!」

 突然、須藤が声をはりあげた。バスの中はしんと静まり返っていて、余計その声が隅々まで響きわたる。宏紀は嫌そうに眉をひそめた。

「大声出さないでください。恥ずかしいじゃないですか。ただでさえ注目集めて…」

「ここで会ったが百年目っ!」

 聞いちゃいない。溜息が出てきた。

「まだ三ヵ月でしょう?」

「今日こそ決着をつけてやる。覚悟しろっ」

「どうぞご勝手に」

 付き合ってられない、と宏紀は肩をすくめた。右手に握った自分の分のバス代を確かめて、向こうに見えてきたバス停を確認する。

 無視された格好の須藤は、むきになって殴りかかってきた。丁度良くバスがブレーキをかける。つんのめった須藤の鳩尾に、宏紀の膝蹴りがきれいに決まっていた。





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