III-5




 宏紀の手首の傷も治り、テストの結果も張り出された日の放課後。部活が終わって、克等は松実と並んで自転車を走らせていた。

 松実は本当は高校の側に住んでいるのだが、この日は駅の方に用事があるらしく、せっせと自転車をこいでいる。

 宏紀の普段の行動が気になっていた克等は、しばらく悩んでいたのだが、宏紀の親友の松実に聞いてみることにした。考えたところでわからないものはわからない。

「なあ、まっちゃん。ひろって、いつも一人なんだな」

 このころ、サッカー部員はみんなあだ名で呼ぶという伝統が一年生にも定着しつつあった。それで、こう呼ぶのだ。
 昔とあだ名が変わっていないので、松実はまったく違和感を感じなかった。

「ん? ……ああ、うん。そうだね。大勢でわいわいっていうの、苦手なんだって。
 家の事情のせいかもしれない。昔から、ご両親が家をあけること多かったみたいだから。
 小学校の、六年生の時だったかな? ご両親がとうとう離婚されてね。宏紀は父親の方に引き取られたんだけど、おかげで家事全部宏紀がやることになって。
 そう言えば、その頃だね。中学生と一緒にいることが多くなったのって。結局どうしてだったのか、宏紀は話してくれなかったんだけど」

 小学校六年生といえば、と克等は自分の過去を思い出す。
 忠等は真面目に授業を受け始め、両親をほっとさせていた。夏には今住んでいる場所に引っ越しをして。忠等と不良たちとの縁はすっぱりと切れた。それで克等も安心していたのだが。

 そういえば、宏紀は三年間番を張り続けたといっていた。兄の代わりか、と聞いた言葉をあいまいに否定して。
 もしかしたら、祝瀬家の引っ越しが宏紀の人生に大きな影響を与えたのかもしれない。

「って、あいつ、小学生のうちから番張ってたのか?」

「そうみたいだね。宏紀が中学生たちにかまうようになって、荒れかけた不良達が大人しくなったって話だし。宏紀、責任感あるからね。今でも頼られてるみたい」

 な、と絶句しかけて、そんな場合じゃないと顔をあげる。小六で中学生たちの上に立つということは、それなりに力があるということなのだろう。そうでなければ人がついていくわけがない。

 喧嘩が強いからとか、そういうことではないと思う。しかし、ならば何故上に立てたのだろうか。

「中学生になって宏紀を同じ視点から見て、びっくりしちゃった。あいつ、すごいんだよ。今でも笑うと可愛いじゃない? あれって、昔はもっと可愛くってさ。それだけでも人の目を引き付けるっていうのに、その上喧嘩も強いんだもん。不敵な笑み浮かべながら、足一本で大の大人一人軽くノシちゃうんだよ。目撃したときは震え来たね。同じ学校の不良達の間ではアイドルみたいな存在だったし。本当に守られてたもんね」

 何も聞かれない内からそう言って、松実はおもしろいよね、と笑った。

「宏紀ってさ、側にいる人を幸せな気持ちにしてくれる人だよね。花みたいな感じ。思わない?」

「……わからない」

 花、といわれて克等は首を傾げた。とすると、彼に近づいていく不良達や松実や兄は蜜蜂か蝶なのだろうか。しかし、蜜蜂や蝶は蜜を目当てにいくもので、ただ何もせず近寄るわけではない。

「まっちゃんはひろの側にいて、何か得るものがあるのか?」

「あるよ。僕は幸せをもらってる。何か宏紀のすぐ側にいるとね、雰囲気が違うんだ。僕はここにいても良いんだな、って思える。人に接するの、苦手だしね、僕。宏紀の側はほっとするんだ」

 でもねえ、と言って松実は考え込んでしまった。何?と克等が首を傾げた。

「そろそろ、宏紀自身が幸せになるべき時期だと思うんだ。宏紀が幸せを探しているんだとしたら手伝ってあげたいし、もう見つけたなら応援してあげたい。本人はすごく不幸な生まれだから、早く幸せになってほしいと思う」

 克等はきょとんと松実を見つめてしまった。どうしても、宏紀は幸せそうにしか見えないのだ。時折淋しそうな表情も見せるが、それでも笑っているほうが多い。

 今でもまだ幸せではないのだろうか。あんなに幸せそうな顔をしていて。そう尋ねてみると、松実は辛そうに微笑んだ。

「見た目はそうかもね。宏紀、いつも笑ってるから。あいつの心の傷って見えにくいんだ。
 知ってた? 宏紀の左手首。こないだも包帯してたでしょう?
 切っちゃうんだって、無意識で。自傷癖、っていうのかな?
 助けてあげたいんだけど僕には無理らしい。何度か試してるし、今でもときどきカウンセラー代わり引き受けてるんだけど。
 最近はまだ落ち着いているほうでさ。中二の時が一番酷かった。治らないうちにまた切っちゃって、ずっと包帯してたもん」

 あれって、見てるほうが本人より辛かったりするんだよね、と言ってまた溜息をつく。

 複雑なんだな、とあまり実感の湧かない感じでぼんやり思っていた。兄貴があれだけ心配するのも当然なのかもしれない、と。





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