III-3




 その日、父親は帰ってこなかった。

 名前どおりに本当にタコ焼きの味がしたピザを食べて、二人で一緒に風呂に入り、宏紀の部屋で二人くっついて毛布をかぶる。
 今にもごろにゃんと言いそうなほど甘えてくる宏紀を甘やかして、忠等は自分と離れていた頃の宏紀を聞き出そうといろいろ話し掛ける。

 もともと自分のことをあまり話したがらない宏紀だったが、根気よく聞いているといろいろなことがわかった。

 あれから、統率者がいなくなって問題にまでなりかかった不良中学生のまとめ役になってしまったこと。
 正式にマキの後継ぎとしてM中で番を張ったこと。
 母親がいなくなって、さらに家事に追われるようになったこと。
 高校受験も実は危なくて滑り止めに私立高校も受けていたことなど。

 何事にもやる気を失ってぼんやりしていた忠等には、まったく考えられなかった生活がそこにあった。

「なんか、馬鹿やってたな、って自分でも思うんだよね。
 ちょっとした喧嘩でドジやって骨は折るし。おかげであの時は散々。入院一週間。やっと退院して学校に行ったら先生にはがみがみやられるし。サッカーの試合は怪我が原因で出られないし。
 あの事件で、他の学区にまで俺の噂広がっちゃってさ。知ってたのはサッカー関係とその他少しだけど。祝瀬君、弟さんも知ってた。
 そっからかな。有名な名前って一人歩きするんだって知ったの。あの事件以来、みんな気を使ってくれて、喧嘩しなくなったんだけど。名前は勝手に広がるの。びっくりしちゃった」

 あはは、と宏紀は笑った。その話は忠等も聞いたことがあった。名前までは聞かなかったから、それが宏紀のこととは思いも寄らなかった。

 宏紀はただ、恥ずかしそうに笑っていた。本人には、武勇伝にも値しない些細な一件だったらしい。

 懐かしい話に落ち着かない様子で、もぞもぞと身体を動かす。その反動で落ちてきた前髪を、左手でかき上げた。

 あれ?と思った。

 忠等がびっくりしたような顔をしていて、宏紀はどうしたのかと首を傾げた。そして、忠等の視線を追い駆ける。

 あわてて左手を引っ込めた。その行動で、忠等は確信して眉を顰めた。

「見せてみろ、それ」

「どれ?」

 わざとらしくとぼけて聞き返した宏紀に、とぼけるなと叱った。びくっと震えて、宏紀は怖ず怖ずとその手を差しだす。

 左手首にいくつもの不自然な傷跡。これはどう見てもカッターか何か、切れ味の悪い刃物で意図して切ったものだった。
 しかし、何故?

「さっきお風呂に入ったとき気付かれなかったから、大丈夫かなって思ってたのに。何で見付けちゃうかな」

 淋しそうに、切なそうに、そう訴える。

 胸が痛くなった。四年前にはひとつもなかった傷だ。この四年間で何回切ったのだろう。そう考えて、胸が苦しかった。

 こんなになるまで苦しんでいたなんて。辛い思いをしていたなんて。今まで気付かなかった。嬉しそうに、楽しそうに、昔と同じように笑うから。

 苦しくて、忠等はその傷跡に口付けた。愛してる。俺が守るから。そう思ってその左手を抱きしめた。

「……チュウトさん?」

「ごめん。ごめんな、宏紀。本当、ごめん」

 何度謝ったって足りない。この傷がここにできる前に手を貸してあげられていたら。そう思って、忠等の目から涙が溢れた。

「恨み言、言ってよ。四年間ずっと放ったらかしだったんだ。いっぱいあるだろ? 言ってよ。全部聞くから。な?」

「恨みなんて……。俺、チュウトさんに恨みなんてないよ。信じてたもん。いつか迎えに来てくれるって。恨みなんて、ない」

 断言して、これはね、と言い訳のように続ける。

「これは、自殺しようとして切ったんじゃないんだ。うち、母親は出てっちゃったし、父親はめったに帰ってこないし、いつも一人だろ? だから、どうしても心が弱くなっちゃうんだ。だからね、何やってる!て、自分を戒めてんの。こんなとこ切ったって死ねないよ、普通」

 どう聞いても、虚勢でしかない主張だった。心配した忠等に、そんな事する必要ないと言いたいがための強がり。
 意図がわかってしまえば、これ以上何も言えなかった。
 これ以上は、何も教えてくれないだろうと思った。そして、自分でこの傷が付けられた理由を探さなければいけないことも同時に悟っていた。

 納得したふりで、忠等は宏紀を抱きしめた。愛してると囁いて。その額にキスをして。今まで抱えてきたもの、今度からは二人で持とう。そう言うように忠等は何度も口付けた。

「ねえ」

 抱きしめてくる忠等にぴったりくっついて、宏紀が話し掛ける。ん?と聞き返した。
 聞き返して、忠等は宏紀の口をふさいだ。言わせないように。そうして、服をまくる。手早く自分の借りたパジャマを脱いで、裸にした宏紀の首筋に口付けて。

「チュウトさん……」

「愛してるよ、宏紀」

 優しいのは最初だけ。けれど、激しい心そのままに宏紀を抱いて。

 そんな忠等の心が伝わったのか、宏紀は忠等の腕の中で嬉しそうに身悶えていた。





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