III-2




 暗い部屋の中、手探りで服を身に着け、明かりを付ける。時計を見ると、すでに八時を過ぎていた。

「今日、どうする? 帰る?」

「泊まってっちゃまずいか?」

 逆に聞いて、家族の反応を考えてみた。連絡をしておけば心配はしないだろう。昔と比べれば大人しいものだ。

 それに、家に帰ってから宏紀の家庭の事情を両親に話せば、わかってくれるかもしれない。宏紀のことは克等も知らないわけではないから、なんとかなるだろう。

 いいの?と目で聞き返してくる宏紀に頷いて、忠等は自分に向かってまた頷いた。嬉しそうに笑った宏紀のまだ辛そうな腰を、フローリングに座っていた忠等は引き寄せて自分の胡坐の膝の上に座らせる。無理するんじゃない、と目で叱って。宏紀は肩をすくめた。

「お腹、すかない?」

「うーん、すいたかもなあ」

 自分のことだろうによくわかっていないような返事で、宏紀は笑ってしまった。そして、笑いながら、何食べようかと呟く。

「何食べようか。ね?」

 もう作るの嫌だし、と独り言。小学生の頃はレトルトや店屋物で過ごしていた宏紀は、最近では自分で作っているらしい。

 そう思ってから、何となく先程から感じていた違和感に気付いた。この家に女の気配が感じられないのだ。
 以前は玄関に置いてあった女物の傘もなくなっている。ふと気付くと干してある洗濯物も男物だけになっている。そして、空気自体に女の気配が感じられなかった。

 何故だろう。そう言えば、毎日欠かさず置かれていたメモも見当らない。まぁ、すでに高校生が相手では、不要のものかもしれないが。

「今日は、おふくろさんは?」

 気になったから、聞いてみることにした。考えてもわかるわけがないのだからしょうがない。

 すると、衝撃的の答えが返ってきた。まぁ、薄々感づいてはいたことだったが。

「出てったよ。小六の……夏かな。チュウトさんと別れてすぐ。俺はここを離れる気はなかったから残ったけど。母親の収入で養ってもらうには気が引けたし。別にいてもいなくても変わらないから」

 それより、何食べる?と世間話のように続けて、宏紀は振り返る。

 昔からだが、家族というものの概念が、宏紀と一般の人とは違うようだ。家族の愛というものを知らずに育ったからだろうか。血が繋がっただけの他人のようなのだ。

 だが、そう思ったことは言わないで置くことにした。

 今なら、宏紀に手紙を初めてもらった日にマキが言った言葉もわかる。

 自分がかわいそうな奴なのだということに気が付いていない子。本当に気付いていないのかどうかは置いておいて、傍目には本当にそう見える。

 そして、忠等にわざわざそのことを教えてやろうなどという気持ちはもちろんない。そんなことは、一生気が付かずにいるのが一番良い。

「何がある?」

 そう聞いた。忠等が考えていたことは、表情にも全く出ない。

 ん?と聞き返して宏紀は立ち上がり、宅配メニューの入ったファイルを持って戻ってきた。今まで通り忠等の膝の上に乗っかって、そうそう、とファイルを探りはじめる宏紀。

「最近、この辺り宅配ピザが増えたんだ。一人じゃ食べられないから頼んだことないけど。これこれ」

 宏紀が指差す先に『タコ焼きピザ』と書かれた写真があって。これ食べてみたいの、とはしゃいだ宏紀が言った。そんなもんがあるのか、と忠等は異様なものを見る目付きで写真を見つめる。

「だめ?」

「いいよ。これにしよう」

 そう言うと、宏紀がわーいっと喜んで電話の方へ駆けていった。その姿を見て、昔とかわらないその仕草に笑みがこぼれた。やっぱり可愛い。忠等は再確認した。こんなに大人になってもなお可愛い。

「お風呂、涌かしてくるね。電話、自由に使って」

 パタパタとスリッパを鳴らして彼は行ってしまう。それでは失礼して、と忠等は受話器を上げた。





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