II-7
最初から、惚れたほうが負けなんだと思ってきた。それが、だ。こんなにも熱く語りかけてくれている。
嬉しかった。こんなに思われていることが信じられなかった。嬉しくて嬉しくて、笑いながら涙が出てくる。
「……宏紀?」
「なんでもない。ありがとう、嬉しい。こんなに好きになっちゃったのって、俺の方だけだと思ってたから。すごく嬉しい」
ぽろぽろときれいな涙を流して。やがて、本当に泣きだしてしまった。
嬉しくて、嬉しいのに。こんなにも嬉しいのに、もう一ヵ月も一緒にいられないのか。そう思うと、本当に恐くて淋しくて、次から次へと涙が溢れてくる。
宏紀の涙には弱い忠等が、どうにか宏紀をなだめたくて困っている。泣きじゃくる宏紀は、年相応の子供に見えた。いつもはなぜか忘れてしまっていることだが、この時再確認した。
まだ成長期という二人の間の二才という年令差は、とても大きいものなのだ。それを忠等が失念してしまうほど、普段の宏紀は大人びていた。ともすると、宏紀の方が年上なのではないかと思ってしまうくらいに。
「ごめん。もっと早くに俺の口から言っておけば良かったな」
本気で後悔していた。人生十三年生きた中で最大の後悔だった。所詮十三年。けれど、まだその程度の年月しか生きていない忠等には、重すぎる。
泣きながら、宏紀は首を振ってくれた。
いや、振らせてしまったというのが正しいのだろう。忠等は黙って頭を撫でる。
何も言える言葉がなかった。今、首を振られたことで、もう宏紀は自分自身に決着を付けていたことがわかったから。そして、忠等の吐いた弱音が宏紀の決心を揺らしてしまったことも。
「愛してるよ」
「うん」
ぐすっと鼻をすすって、宏紀は頷いた。サラサラの髪を忠等の大きな胸に押しつけて、宏紀はやっと落ち着いたらしく、静かに目を閉じていた。
やがて、宏紀が静かな声で言った。
「引っ越ししたら、会いに来ないでね」
唐突な、しかもショッキングな申し出に、忠等は絶句した。びっくりした目で宏紀を見つめる。宏紀は忠等の顔も見ないでさらに言った。
「会いに来ないで。会ったら、帰してあげられる自信、ないから。連絡先も教えなくって良い。俺、待ってるから。チュウトさんが迎えに来てくれるの、ずっとここで待ってるから。一緒に暮らせるようになったら、その時は迎えにきて。信じて、待ってるから。いつまでも待ってるから……っ」
最後は涙声だった。宏紀は、ちゃんと言えたことを心で確かめて、忠等を見つめた。お願い、と目で訴えて。
会えない辛さより、会ってまたすぐ別れなければいけない辛さの方が何倍も辛いと判断してのことに違いない。そう感じた忠等は、頷くことしかできなかった。
宏紀にこれ以上無理をさせないためには、忠等が強くいるしかなかったから。
「絶対、迎えにくるよ。だから、そしたら一緒に暮らそう」
「うん」
宏紀は、笑って頷いた。
それから三週間後の日曜日。忠等は宏紀にさよならを言う暇もなく引っ越していった。心と心がつながったまま、今度はいつ会えるか知れない別れを迎えたのである。
それから四年後、桜もまだ残っている四月中旬。
二人はようやく再会するのだが、この成長期の四年間は、当時の二人が考えたほど甘い年月ではなかったらしい。
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