空気は甘いが言っていることは何気に物騒で、子供のころから真面目に親の敷いたレールをひた走ってきたがり勉君たちは戸惑ったように顔を見合わせる。
 中坊だの無茶だのという言葉は彼らには無縁すぎて、他の可能性を思いつかない。

「なんやそれ。グレてたっちゅうんか?」

「祝瀬がか? 見えへんなぁ」

「いやぁ。授業なんかほとんど出なかったって断言できる程度に尖がってたよ。元ヤン。否定しない」

「それでこないなとこ入学するとかアホか!」

「関東人にアホ言うなバカ」

「関西人にバカ言うなアホ」

 忠等とは比べ物にならないほどには道を踏み外していた宏紀は、関西に来たせいなのかノリの良いやり取りを聞いていても穏やかに笑っているのみだ。
 まだ未成年ながら波乱万丈な半生を送ってきた自覚がある。
 乗り越えてきたからこその穏やかさはちょっとやそっとでは崩れることもなく、そんな宏紀を信頼しているからこそ忠等も平気で自分たちの過去を扱き下ろせるわけだが。

 一方で、今現在の様子からは想像もできない過去に驚いて声も出ていない他のメンツはむしろ宏紀の方をまじまじと観察していた。

「おっとりした大人しい系に見えるけど」

「大学生にもなればそれなりに成長もしますので」

「おや、意外と口達者。そうか、元々頭良かったタイプだ」

「否定はしませんよ」

 ふふっと笑って返して呑気に湯呑を傾けている宏紀は、本当に動じない。
 中学生で不良化する学生は、世間の目に負けて逃避するタイプと、自我と周囲のギャップに違和感を感じて離脱するタイプに分けられる。
 後者は成人する頃にはそこそこ社会的に成功することが多い。
 宏紀はどちらでもなく幼馴染と恋人に流されたのが理由だったが、どちらかというなら後者に当てはまるだろうか。

「しかし、インテリカップルなんだな。東大生か。さすが祝瀬の彼氏」

「追いかけて京大来るって選択はなかったの?」

「ないですねぇ。2年の歳の差が縮むわけではないので、4年で済む遠距離が6年になっちゃいます」

 大学を卒業すれば中央省庁か大企業に就職する将来は目に見えている忠等は、間違いなく地元に戻る。
 長期休暇があればゴールデンウィークやシルバーウィークなども見逃すことなく必ず宏紀の元へ忠等は帰ってくるのだし、大人しく待っていた方が有益だ。

 納得の理由だったようで、なるほどねぇ、と全員頷いていた。

「じゃあ、この夏は京都で祝瀬にベッタリだ?」

「ん〜。そうでもないですよ。今年は忙しいと聞いていたので、せっかくだから近畿周辺を観光しようと思ってます。このあたり、行きたいところたくさんあるんですよ。拠点がある今のうちに巡っておく予定なんです」

 そもそもが時代小説家で大学の専攻も史学という宏紀にとって、古都である京都奈良はあこがれの観光スポットだ。
 夏休みの1ヶ月で巡りきれるか不安なほど、気になるスポットはたっぷりある。

 その予定は事前に忠等も聞いていたので、話に乗ってきた。史跡巡りの予定は聞いていても詳しいことまではまだ確認できていないのだ。
 この部屋を拠点にすることに異論はないが、それ以外の予定は宏紀の胸の内にしかない。

「京都はここからでも日帰りで行けるだろうけど、奈良とか大阪とかはさすがに少し遠いぞ?」

「うん。その辺はちょいちょい泊まってくるつもり。泊まり予定は平日に回して宿代浮かせるし、編集からも取材旅行費用として補助金もらってるから。上限いっぱいまで使っていいから領収書集めて持ってきて、って言われてる」

「そりゃ太っ腹」

「去年新人賞取った新進気鋭ったらちょうど今が使い時だもの。先行投資でしょ。担当からも悪びれもなくそう言われたし」

 短編メインの作家だけに、雑誌に載せても単行本化しても使い勝手良く、老若男女問わず人気があるためある程度の収益が見込める。
 出版社としても手放せない逸材だろう。

「それに、お父さんたちからもおこずかいもらったんだ。せっかく地元を離れて旅行三昧なんだからこの機会に贅沢して来いってさ」

 二人とも太っ腹だよねぇ、とほんわか笑う。
 二人の父親はどちらも高給取りの警察官僚だし、宏紀の大学進学を機にずっと保有したままだった高宏の自宅マンションも売り払ってしまったのでその分の余裕もあるらしい。
 それらを、子供の頃に苦労をさせた息子に惜しみなく拠出する。罪滅ぼしのためとはいえ確かに太っ腹な金の使い方だ。

 もっとも、宏紀自身が倹約家のため、実際の支出額は大したこともない。

「あ、あとね。せっかく京都に来たから京野菜使ったレシピも覚えて帰ろうと思ってるの」

「お、それは楽しみだ」

 少し酔って来たのか、子供っぽい話し方になりながらくふくふ笑う宏紀のセリフに、その料理の恩恵を全面的に受ける立場の忠等も嬉しそうに笑った。
 料理が趣味の宏紀が作ってくれる料理は身内贔屓関係なく美味で、暑い京都で夏バテにダウンした時でも忠等が食べないわけがないのだ。

「お店にも食べに行こうね」

「そうだな。美味いとこ、調べとくよ」

「京野菜食うなら料亭やな。いくつかピックアップして教えよか?」

 さすが地元、しかも老舗旅館の御令息だ。普通、京都に住んでいても料亭をいくつも知っていたりはしないだろう。
 まして大学に通うために一時居住しているだけの忠等など、1軒も心当たりがなかったので、その申し出を全面的に感謝を示しつつ素直に受け取ることになる。

「うちの旅館も板前に頼んどけばそれなりの料理を出してくれるしなぁ。夏休みにみんなで泊まりに来ぃや。安うしとくで」

 ついでに商売上手でもあるらしい。
 話の流れと、全員が多少なりとも酔っていて財布の紐が緩いおかげもあって、そのまますんなりと計画に入り始める一団だった。


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