II-6




 付き合いはじめて一ヵ月もすると、ようやく関係は安定してくる。知らない部分よりも知っている部分が多くなり、互いに短所も長所も知り尽くしてしまう。

 たいていのカップルではこの辺りで倦怠期を迎えるのだろうが、この二人は違った。

 短所を補い、長所を生かすような関係を保って、その上、それ以上に互いを知ろうとし、本人すら知らないようなことまで知ろうとする。

 忠等は宏紀のまだ大人になれない部分が成長するのを今か今かとドキドキしながら待っていた。宏紀は自分の身体が忠等のような大人の身体になるのが楽しみで仕方がない。

 いつのまにか、二人きりでいるとどうしても身体を重ねずにはいられなくなっていた。

 宏紀は忠等が自分の身体の中にいるときが一番落ち着けた。忠等は宏紀を腕の中で甘えさせているときが一番幸せだった。

 暇さえあれば生まれたままの姿を曝け出し、触れ合っている。話すことは家のことや学校のこと。愚痴を言ったり、愛を囁きあったり、悩みを相談してみたり。

 二人は互いに良き恋人であり、良き親友でもあった。


 三学期に入った頃から、忠等は授業に出るようになった。このままではいけないと思ったのだろうか。宏紀の存在はこの時おそらく大きかったのだろう。

 授業に出始めると、突然忠等の成績は上位に跳ね上がった。もともと天才的頭脳の持ち主だったのだから、真面目に勉強すれば当然結果はついてくる。

 一方、宏紀は不良たちの仲間に入っていた。忠等と少しでも長く一緒にいたかったからだ。この時、マキの幼なじみという肩書きはおおいに役に立った。

 マキが卒業すると、その後継者には忠等が選ばれていた。真面目に授業を受けたり、恋人とイチャイチャしていたりと、仲間たちから離れかけていた忠等である。その人望は驚異的だ。生来のカリスマの持ち主なのだろう。

 しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。

 祝瀬家の引っ越しが夏に決定したのだ。

 引っ越し先は、近所だった。同じ市内である。
 ただし、この市の北東端の場所から南西端の場所への引っ越しだった。小学生や中学生にとって、結構の距離がある。活発な頃である高校生の足をもってしても、自転車で四十分かかる距離だ。

 その話をマキから聞いて、宏紀は別れるその日までのわずかな期間を、楽しく過ごすことに決めた。
 所詮まだ小学生の身で、忠等も親の庇護下にいなければ生きていけない年齢だ。我侭は言えない、とわきまえていた。

 忠等からは、引っ越しについて一言も聞いていなかった。辛い思いをさせたくなかったのだろう。話しておくのと、直前に知らされるのと、どちらが辛いかは一概には言えなかった。




 七月のはじめ、中学校の期末試験が終わったその日、宏紀の部屋で忠等はいつもより激しく宏紀を抱きしめていた。忠等の精神は、もう別れを耐えられなくなっていた。

 それがわかったのかどうか。宏紀はぬくぬくと忠等の体温で暖まりながら微睡んでいたが、突然呟いた。

「引っ越し、いつになるの?」

「引っ越し? ……宏紀、何で知ってる?」

 驚いた忠等が腕枕にしていた左腕を引きぬいて、宏紀ははっと我に返った。聞かないようにしていたことだったのに。しまった、と思った。しかし、言ってしまった言葉はもう戻せない。

「マキちゃんに聞いた。宏紀には絶対に話さないでくれって言われたって言って。でも知ってなきゃいけないことだろう、って。聞いて、良かったよ。急に明日お別れだなんて言われたら、心の準備できないもんね」

 へへっと宏紀は笑った。無理しているようには見えなかった。だからかもしれない。もう耐えられなかった。

「俺は、別れたくないんだ……」

「うん、そうだね」

 わかるよ、と目で語って。宏紀の目があまりにも優しくて、忠等の口から弱さが溢れ出てきた。宏紀の前では強くあり続けようと努力してきた忠等としては、まったく信じられないことだ。

「ずっと宏紀の側にいたい。本当は一時だって離れていたくない。二人だけで、二人だけの世界に閉じこもっていたいんだ」

「でも……」

「わかってる、そんなことできないってことぐらい。でも、そのくらい愛してるんだ。宏紀のいない日常なんて、俺には考えられない」

 強い、切羽詰まった口調で、忠等は熱っぽく語りかけてくる。宏紀は驚いていた。こんなに感情をむき出しにする、してくれる忠等は初めてだったから。





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