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 年が明けて、元旦。

 年越し番組など見て遅くまで起きていたおかげで全員朝寝坊で、最初に起きた宏紀ですら時刻は10時を回っていた。

 着替えてまず向かったのは玄関だ。交友関係やら仕事関係やらで土方家は毎年年賀状が多い。
 よくポストに入ったなぁ、と感心する分厚さの葉書の束を持ってリビングに行き、動き出したファンヒーターの近くで暖を取りながらそれぞれの宛名に分けていく。
 相変わらず、個人事業な宏紀宛がダントツの量だ。

 仕分けが終わった頃には室内も暖かくなっていて、キッチンに移動した。
 昨年使ってしまってあった餅焼き網をさっと洗い、祝瀬家からもらってきた餅の具の準備だ。

 冷蔵庫で解凍していたずんだあんはテーブルに出して常温にする。
 小皿に砂糖醤油を作り、餅を巻く用に海苔をキッチンバサミでカット。
 ちょうど少しだけ余っていた大根をすりおろす。
 納豆は松実に教えられた通りに普通に混ぜて1/3カップの水でのばす。
 刻みネギと揉み海苔を乗せて準備完了。

 そこまで出来たところで、隣の温かい抱き枕がいなくなって目が覚めた忠等が顔を出した。

「お早う、宏紀」

「おはよ。お父さんたち起こして来てくれる? 御飯だよ、って」

 りょうか〜い、とのんびり答える忠等を見送って、焼き網をのせたコンロに火を着けた。

 パジャマに半纏姿の家族が揃ったところで、ちょうど餅も焼ける。
 四角い餅を半分に切ってから焼いているのは、ひとり切り餅2つずつで味が4種類あるせいだ。

「全種類1つずつね」

 ダイニングテーブルに餅の入った皿とおせちの重箱を並べ、お屠蘇の杯と取り皿を配れば、宏紀の仕事は終了だ。
 年が明けるまで内緒だと宏紀に隠されていた重箱の中身に、一同が歓声をあげる。

 1つめの重箱は、これぞおせちと言うべき内容だ。黒豆、なます、栗きんとん、田作り、カマボコ、伊達巻、数の子、昆布巻き、鯛の味噌焼き、有頭海老の甘煮。
 2つめの重箱は、煮しめがぎっしり詰め込まれている。結び昆布で出汁を効かせた醤油ベースで、鶏肉、里芋、牛蒡、蓮根、人参、蒟蒻、生麩などが入った食べ過ぎた消化器の掃除役を考慮した材料である。
 3つめの重箱は、多国籍なご馳走料理だ。殻付き小鮑のハーブバター焼き、インゲンと人参が巻かれた鶏肉巻きの照り焼き、自家製焼豚、合鴨のロースト、ジャガイモとブロッコリーの温野菜サラダ、卵とサーモンのテリーヌ、チキンと木の芽のゼリー寄せ、クリームチーズの生ハム巻き。

 よくぞこれだけの種類を用意した、と全員から賞賛されてしまった。
 重箱2つに詰めて余った分は向かいの家にもお裾分けしていて、料理人な家主からも絶賛だったのだ。誉められて過ごす年越しは気分も良い。

「この緑色のは何だ?」

「ずんだだってさ。枝豆のあんこみたいなのってまっちゃんが教えてくれたの。夏に作ってみて美味しかったから正月用に冷凍してたんだって」

 それで、夏が収穫時期の枝豆が冬になって食べられるのだ。家庭用冷蔵庫もその冷凍技術は侮れない。

 納豆やずんだに絡めた餅は初体験だがなかなかの味で、すぐに売り切れてしまった。
 餅の量から考えれば残るはずだが、それだけで食べても充分美味しかったのだ。

「お汁粉用にあんこももらってきたから、夜か明日出すね」

「お汁粉か。久し振りだな。ガキの頃はよく食ったもんだが」

「雑煮は?」

「それも夜か明日。夜はお雑煮かな」

 おせちの重箱はだいぶ大きなサイズで、3日食べ続けてようやく終わりそうな分量は入っている。
 しばらくは宏紀の家事作業も休憩だ。
 そもそも、おせち料理というものは正月には竈の火を消して働かないために生まれたものだ。理に適っている。

「今年の雑煮はどこ風だ?」

「四角いお餅買って来たから、醤油味にしたよ。関東風、なのかな?」

「去年の味噌仕立ても旨かったが、やっぱり雑煮は醤油が良いな」

「毎年違う味ってのも飽きなくて良いと思うぞ」

 家族はそれぞれ好き勝手に言っているが、そもそもこれも宏紀の幼少期に家庭崩壊していた弊害だった。
 宏紀には一族伝来の味も地域の味も一切身についていないのだ。
 そういっても宏紀自身は日本古来からの文化や芸術に強い関心があるタイプなので、料理の本やテレビの料理番組やインターネットで仕入れたレシピで毎年創意工夫してくれる。
 同居人たちはお陰様で日本各地のレシピが味わえるので、むしろ良い影響のようだが。

 食事が済むと、取り皿と祝い箸はそのままダイニングテーブル、餅の入っていた皿はシンクで水にさらして放置して、全員がリビングに移動した。
 分けてあった年賀状にそれぞれが目を通す。

「今日の予定はどうする?」

「ここでグダグダしてて良いんじゃないか? 食うもんも心配ないしな」

「初詣くらいは行こう」

 実家が神社の高宏がそう主張すると、続いて宏紀も手を上げる。

「明日は初売り見物行きたい。忠等の通勤用にコート新調したくて」

「まだ着れるぞ?」

「今季は何とかなるけど来季は駄目だよ。脇が擦りきれてきてる」

 まだ目立つほどではないが、目敏い人には軽い悪印象を与えかねない。
 ましてや国家公務員の立場として、安っぽく見られるのは都合が悪いだろうというわけだ。
 国家公務員とはいえ専門職で滅多に部外者に会うこともない忠等には緊急性のない話だが、それも一理あると思ったのだろう。素直に頷いた。
 ひとつには、旦那様にかっこよくいて欲しいからと世話を焼いてくれる愛妻の言うことは大人しく聞いておこう、という夫としての心得めいたものもないではない。

 ともかく出掛ける希望が出たので、家長の貢が重い腰を上げた。

「出掛けるなら着替えてくるか」

「初詣って近所の?」

「正月早々人混みに巻き込まれたくないな」

「じゃあ普段着で良いですね」

 宏紀以外はまだパジャマ姿で、口々に相談しながら部屋を出て行く。
 待ち時間が出来て、宏紀は皿を洗ってしまおうとキッチンに向かった。
 のんびりするのが苦手という少々不便な質だったりするのだ。




 家族揃って向かった先は近所にある八幡宮社だ。
 毎年年始の挨拶に詣でる社ではあるが、元日の昼間というのは久し振りのことで、あまりの人混みに呆気に取られてしまう。
 こんな寂れた神社でも年始くらいは大行列で、氏子会から甘酒のサービスが出ていた。
 一応常駐の神主がいる神社だから、御守り売りの巫女バイトもいてそこそこの規模に盛り上がっている。

 神社前の公道にまで延びている行列の最後尾に並んで参拝の順番を待つ間、宏紀は持ってきていた水筒から熱いミルクティーを振る舞った。
 まったく準備の怠りない気配り屋だ。

 コップは水筒の蓋しかないので家族で廻し飲みしながら暖を取り、やがて先頭に行き当たる。
 それぞれに賽銭を投げ、二礼二拍手一礼で挨拶を済ませると、全員が早々にその場を離れた。
 初詣程度で神頼みなど厚かましい、と以前宏紀が主張していて、家族全員の賛同を得ていたのだ。

 代わりに、一年の御加護を願って破魔矢は毎年購入している。
 毎年来る神社だから、返すのも同時だ。

「今年も御守りは家内安全か?」

「事務所用に商売繁盛も忘れないで」

「あ。事務所の去年の御守り、持ってきてないぞ」

「ご心配なく。ちゃんとお返ししておきました」

「さすが高宏。気が回る」

「まぁ、宗教関係くらいはね」

 実家が神社とはいえ本人は宗教家として修行したわけでもない一般人だ。そんなに気負う必要もないのだが。
 自分の家族での役割を冠婚葬祭担当に割り振っているから出る言葉だろう。

「忠等は厄除けだな。今の世の中、どこに危険が潜んでるかわからない。一番外出が多いんだから、持っときなさい」

 不特定多所に出掛けるのは年長組の方が多いが、還暦を越えてからは仕事を徐々に減らしているから、確かに留守率は勤め人の忠等が最も多い。
 そうですね、と忠等も素直に頷いた。年長者の言うことは聞いておくべきだ。

「宏紀は御守り買わないのか?」

 話を振られて、後ろに少し離れて待っていた宏紀は笑顔で首を振った。

「家内安全、商売繁盛があれば充分だよ。家族みんなが今年も無事に過ごせればそれで良い」

 それこそが大願だとでも言うように言い切って、だから御守り選びは皆に任せるよ、と完全に下駄を預けてくる。
 そんな宏紀に、他3人は顔を見合わせると、御守り売り場を前に密談を始めた。

「やっぱ、健康祈願ですかね」

「学業、じゃねぇしな」

「大願成就ったって、本人が多くを望まない質だし」

 つまり、欲しがらない宏紀に御守りを押し付けようという算段だ。
 そんな家族の後ろ姿を見つめて、宏紀本人は呑気に首を傾げていた。
 
「やっぱりこれか。恋愛成就」

「やめて下さい、縁起でもない」

 一緒になって選んでいる忠等をからかいながら、結局貢が選んで巫女に購入を依頼したのは『開運招福』。
 文学賞の数とレベルが原稿料を左右する作家だからこそ、運もまた実力のうちだ。

「まぁ、結局は家内安全に行き着くんだがな」

「何はなくとも、宏紀が心穏やかに過ごせればそれで充分さ」

「その通りですね」

 自分をさておいて家族を優先する宏紀を、家族全員が愛してやまない。
 宏紀を中心に強固な絆で繋がった土方家は、今年もその結束力を確かめる年明けで。

 少し手持ちぶさたに待ちぼうけの宏紀のもとへ、自分の用事はさっさと済ませて急いで戻る一行だった。





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