土方家の年末年始 1



(2013年年始限定SS)



 年末と言えば、土方家の男たちにとっては年に何度もない楽しみな行事が2つも待ち構えている嬉しい季節だ。
 何しろ、クリスマスは洋風のご馳走、年始はおせちと、料理上手な宏紀が普段にまして腕によりをかけた美味しい料理が食べられるのだ。




 今年のクリスマスは天皇誕生日と週末が上手い具合にクリスマス休暇を作ってくれた三連休で、公務員の忠等も公休のため家族全員が揃っている。
 時間に余裕があるおかげで宏紀ものんびり過ごせているようだ。
 クリスマスが平日だと普段の家事に加えて手のこんだ料理をしなければならず忙しいのだが、家族が休みならいろいろと手伝ってもらえる。

 ご馳走は三連休最終日のクリスマスイブに用意することにして、1日は恋人とデートで今年オープンした都市型の大型ショッピングモール巡り、1日は普段行く郊外型ショッピングセンターに家族全員で出掛けて歳末セール見物と、ウィンドウショッピング三昧な連休を過ごした。

 お待ちかねのご馳走はキッチン出入り禁止にした宏紀の独壇場で1日がかりで用意された、例年以上に手間ひまかかったミニコース料理になっていた。
 家族には、これが自宅で食べられるなら高級料理店に行くのは金がもったいない、と評されるほどの料理が並ぶ。

 前菜は薄切りにした3種類の刺身を薄い短冊切りにした大根と千切り人参、白髪ねぎのサラダに乗せて、粒マスタードの効いた自家製イタリアンドレッシングをかけたカルパッチョ。
 スープは宏紀お手製のカボチャクリームスープ。パンもハーブを練り込んだ手作りだ。
 メインは圧力鍋でじっくり煮込んだ自家製ドミグラスソースのタンシチューで、玉ねぎ、人参、ジャガイモなどの野菜がごろっと入っている。
 肉は充分柔らかく箸でさけるほどだが、野菜は別途茹でてあった後入れで歯応えも充分残っていた。
 デザートは忠等の実家に嫁入りした宏紀の親友である松実からのお裾分けで、今年はブッシュ・ド・ノエルだった。

 奮発した銘柄もののシャンパンを開けてのディナーは、全員が黙々と料理を頬張ってしまったため実に静かな食卓だった。
 食事が済むと、残ったシャンパンと生ハムトマトや塩煎りナッツをつまみに持ってリビングのソファに移動する。
 皿洗い等の片付けは忠等の仕事だ。

「相変わらず松実くんのケーキは甘さと脂質が控えめで美味いよな」

「俺たちの年齢で胃にもたれないケーキというのは貴重だよ。毎年有難いね」

「宏紀のおせちと引き換えで遜色ないからなぁ」

 かかる金額こそ雲泥の差だが、そんな風に評されて宏紀は嬉しそうに頷く。
 何しろ恋人そっちのけで老後の約束まで交わす間柄の大親友だ。家族の高評価は自分のことのように喜ぶ。
 どちらも祝瀬家の嫁な2人は松実の実家以外ではどこでも可愛がられているわけだ。

 後片付けを終えた忠等が宏紀の隣に座る頃には時間も随分と遅くなっていて、年長組は就寝のために動き出す。
 年少組のイチャイチャの時間確保のために気を遣ってくれているのは承知しているので、遠慮なく心遣いに甘えていた。
 年長組が仲良く風呂場に消えて行くと、若い2人は改めてロマンチックなクリスマスイブモードに気分を入れ換えた。

「今年はいつもに増して豪華版だったな」

「日取りが良かったんだよ。お休みだから1日がかりで料理してられたからね。洗濯と掃除してくれて有難うね」

「自分が休みなら家事くらいするさ。普段は任せたきりだからなぁ。悪いと思ってるんだよ、これでも」

「そんな風に思わなくて良いのに。在宅ビジネスだもの。俺が引き受けるのが自然の成行ってものだよ」

 改めて感謝されると照れくさいらしい。宏紀が恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべている。

「今年は年末も日取りが良いんだよ。大掃除はお願いね」

「それは構わないが、無理するなよ」

「料理は趣味ですっ」

「はいはい。取り上げたりしないよ、安心して楽しめば良いさ。俺たちは美味いおせちが食えれば文句もない」

 例年おせちは宏紀に任せて大掃除を他3人で分担しているから、普段通りと言って良いくらいだが。

「日取りなんか宏紀に関係あるのか?」

「あるよ。休みの日なら荷物持ち頼めるでしょ? 今年は年末休みの初日が日曜だから休みが1日多い」

「年始が金曜って方しか気にしてなかったよ、俺は」

 むしろ年末休暇のうち1日が公休日に被っていて休日日数が減ったとくらいに思っていたものだ。
 そうはいっても元々年末年始で5日も休みならどこかに土日が含まれて当然ではあるのだが。

「正月は出掛けないのか?」

「そう言えば何も計画してないね。寒いし、俺は閉じ籠っていたいけど」

「なんかだんだんインドア派になってるな。運動しないと衰えるぞ」

「大丈夫だよ。仕事都合で出掛けてるし、家事もいい運動だし。夜の運動は減ったけどねぇ?」

「それはお誘い?」

「うん」

 ならば遠慮なく、とキスを仕掛けてくる忠等に、宏紀は嬉しそうに迎え入れた。

「2階行くか」

「おふろは?」

「後で良いだろ。宏紀、美味しそうな匂いがする」

 ちょうど年長組が仲良く入浴中だし、せっかくその気になったのにもったいない、というわけだ。
 美味しそうって、と宏紀も苦笑いを隠せない。1日中キッチンに閉じ籠っていれば匂いも移るというものだ。

「お腹いっぱいじゃないの?」

「宏紀は別腹」

 答えて比喩でなく噛み付いてくる忠等に、宏紀は楽しそうにクスクスと笑っていた。




 大晦日の夜。宏紀は忠等と共に祝瀬家を訪ねていた。
 忠等の手には御歳暮と書かれた熨しを貼り付けた箱が抱えられていて、宏紀は風呂敷で包んだ3段の重箱を抱き締めている。

 いらっしゃい、と大歓迎で飛び出して来たのは松実だった。
 学校の教師をしている割りに、年をおう毎に無邪気さを増す人物だ。家族に猫可愛がりされている結果だろう。

 荷物ごと宏紀に飛び付く松実を受け止めて揺らぎもせず、宏紀は後ろからやって来る義弟を見上げた。
 精神科医という職業柄なのか、兄以上に落ち着いた雰囲気を持つ克等は、苦笑と共に客と嫁を室内に促した。

「こっちがおせち。こっちが御歳暮のウイスキー詰め合わせね」

「親父たちは?」

 荷物をダイニングテーブルにあげながら説明する宏紀を待って、忠等が部屋にいない2人の所在を尋ねる。
 年越しは土方家に帰ってゆっくりする予定だから、持参物を置いて挨拶したら早々に引き上げるつもりだったのだが。

「揃って買い物に行った。俺たちは兄貴たちが来るだろうからって留守番。今年の年末は全員忙しくてな。大掃除もさっき片付いたところなんだ」

「ジョアンは国に帰ったのか?」

「いや。日本の正月を体験したいってよ。親父とお袋に連れられて正月用品買いに行った」

 ふぅん、と気のない相槌を打つのは、所詮他人事だからだが。
 話題に出たジョアンというのは、克等が大学生の頃に知り合った留学生の友人の息子で、現在松実が勤務する高校に通っている留学生だ。
 友人で恋人が教師というところに白羽の矢を立てられてホームステイを受け入れている。

 何しろジョアンの父親である克等の友人は未成年のうちに子どもを作っておきながら生まれた子どもを妻に任せきりで日本に留学してきた自由人だ。
 本国に帰ってからは愛妻家として職場に有名なほどの家庭人になったようだが、息子に対する放任ぶりは心配になるレベルである。

 一応留学先の選定に気を配る程度には息子を愛していたようで、直々に頼まれて克等も断れなかったらしい。
 それにしても、同性の妻がいることを知っていて気にもとめないおおらかさは、息子に悪影響にならなければ良いがと他人事ながら心配になってしまう。
 高校生のうちに親元で同棲を始めていた克等ではあるが、敬虔なクリスチャンの多い国から来ているジョアンにとって歓迎できる環境ではないだろうと自覚はあるのだ。

 最初はホスト家の家族構成に当然反発したジョアンだが、結局は柔軟な思考を養えたという成果が残ったので結果オーライといったところか。
 これは、松実の教師らしい面倒見の良い性格と姑に可愛がられている嫁の立場が妙なくらい自然だったのが大きな要因になっていた。

「今日はスーパーも早じまいだし、そろそろ帰って来るだろ」

『タダイマー』

「ほらな」

 噂をすればなんとやら。玄関を開ける音と共に聞き慣れない若い男の声が聞こえてきた。
 還暦を越えてなお若々しい両親と共にダイニングに姿を見せたのは、ソバカスの目立つ白い肌に栗色の髪の長身の青年だった。
 ヒョロリと背の高い細身の彼は、どちらかというとインドア派のようだ。

「……ダレ?」

「どちら様ですか、よ」

「トテラサマですか?」

 すかさず母に指摘されて、何となく合っているようで間違っている言葉で言い直す。どうやら日本語の勉強中であるらしい。
 来日直後に会っているのだが、すっかり忘れているのだろう。

 その母は、テーブルの上の風呂敷包みに目をやって途端にぱあっと満面の笑みを浮かべた。

「おせちね! 毎年ありがとう! 楽しみにしてたのよ」

「おせち……ニューイヤーのワショクですね!」

 確かに間違ってない、と宏紀はクスクスと楽しそうに笑っている。自分なりに納得するジョアンに母は解説を始める。
 結局家族揃って忙しく働いている祝瀬家では、高校生のジョアンに一番長い時間接しているのが主婦である母なのだ。なつくのも道理だろう。

「これは、毎年宏紀くんがお裾分けしてくれるのよ。松実のクリスマスケーキと交換なの」

「マツのケーキはグッテイストですね。でも、これの方が多い。イーブンじゃないです」

「そうね。だから、感謝しなくてはね」

「プラス感謝でイーブンですか? おかしいです」

「この場合は良いのよ。離れて暮らしてるけど、家族ですもの」

 理解できないらしいジョアンは、等価交換の基本理念が徹底して身についているのだろう。
 釣り合わないことは確かだが、嫁の手料理なら話は別だ。両親や弟夫婦への宏紀からの親愛の情も一緒に込められたお裾分けだから、遠慮するのはむしろ失礼にあたる。
 そこは、ここに集まった人間の相関関係と日本の風習も多分に影響しているから説明が難しい。

「ファミリーですか?」

「そうよ。あっちで克等と話しているのが、克等の兄でうちの長男。宏紀くんはあれの奥さんなの。だから、うちにとっては松実と同じようにお嫁さん。宏紀くんの実家で暮らしてるから家は別々なのよ」

 一気に説明されてプチパニックに陥ったらしいジョアンは、それでもひとつひとつ確認しながら飲み込んでいけるだけのキャパシティを持っているらしい。

「ん〜。あの人がカツのブラザーで、この人かブラザーのワイフですか?」

「その通りよ。ジョアンは理解早いわね。宏紀くんの料理はすごく美味しいのよ。楽しみにしててね」

 はい、と頷くジョアンを誉めるように笑って、母は改めて宏紀を見やった。

「ゆっくりしていけるの?」

「いえ。帰ってそば茹でないといけないので、すぐ帰ります」

「そう、残念ね。いつもありがとう。来年も楽しみにしてるわ」

 まだ今回の重箱の中身も確認していないうちから次の催促をする母に、宏紀も微笑んで頷いた。

「来年は今年ほどはできないかも知れないですけど、頑張りますね」

「あんまりうちのヤツに無理言うなよ、お袋。今年は手がかかりすぎなんだ。かまぼこ以外全部手作りするとは思わなかった」

「えぇっ!? まさか黒豆とか田作りとかも?」

「楽しかったですよ。豆なんて滅多に煮ないですからね」

 そんな言い方であっさり肯定する宏紀に全員から尊敬の眼差しが集まる。

「小豆とか枝豆なら煮るけど、黒豆なんて大変そう」

「何言ってんの、まっちゃん。小豆の方が難しいでしょ」

「小豆なんか煮るだけだし」

「黒豆も煮るだけだったし」

 お互いに家庭料理かお菓子かの違いだけで料理には違いない趣味を持つ2人だから、主張が結局どっちもどっちだ。
 周りで聞いている家族の方が不毛な争いに呆れている。

 その内、松実が宏紀の言葉からあることに気付いた。

「てことは、お汁粉は作ってないの? 少し持ってく?」

「もらえると助かる。お雑煮の準備はしたんだけどね」

「海苔とか納豆とか、少しならずんだも分けられるよ。夏に作って冷凍してあったんだ」

 ちょっと待ってね、と言って台所に入っていく松実を手伝いに宏紀も行ってしまう。
 その後ろ姿を見送って忠等は改めて両親に向き直った。

「じゃあ、そろそろ帰るから」

「気を付けて帰るんだぞ。休日ドライバー多くて危ないからな」

「俺だって休日ドライバーだよ」

 自分はそうじゃないような言い方に苦笑を返し、親の忠告に改めて頷いた。
 それから、小さめのタッパをいくつか入れたコンビニ袋を持った宏紀を玄関に促す。

「宏紀くん、いつもありがとうね」

「良いお年を」

「良いお年を」

 助手席でひらひらと手を振る宏紀を乗せて、車はゆっくりと自宅へ向けて走りだした。





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