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 さて、と話題を転換しようとした矢先だった。

 随分遠くで藤岡が呼び止める声に続き、廊下を走るドンドンという音が勢い良く近づいてきた。

 想像するまでもなく、先ほど強制退場になった隆昌が藤岡の手から脱走して戻ってきたのだとわかる。深山もさすがに立ち上がろうと片膝を立て、先に立ち上がった宏紀に制された。

 驚いて宏紀を見守る深山の目の前で、襖が再び勢い良く開かれる。

 と、同時に、宏紀はその場でクルリと反転し、足を跳ね上げた。得意の回し蹴り。襖を両方向に勢い良く滑らせて攻撃体勢だった隆昌の鳩尾に、真っ直ぐ叩き込まれる痛烈な一打だ。

 蹴り飛ばされて、二、三メートル吹っ飛んでいった隆昌を、腰を浮かせていた組員たちが抱きとめる。

 隆昌は、先ほどの勢いが嘘のように、あっさりと気を失っていた。

 隆昌の自業自得であるとはわかりきっているものの、隆昌を支えている者以外の組員たちが、宏紀に向かって身構えた。まだまだ実力が伴わないとはいえ、組長の長男であり、跡継ぎ最有力候補である隆昌が、暴力によって倒されたのだ。組員たちには報復に出る義務がある。

 が、それを一喝して止めたのが、深山だった。

「待て!」

「しかし、おやっさん!」

「隆昌の自業自得だ。自宅に帰しておけ」

 組長の命令は絶対だ。振り上げかけた拳を下ろして、彼らは一礼して襖の向こうに消えた。

 組員たちの報復も受けて立つつもりだった宏紀は、襖を閉められて、ようやく構えていた体勢を元に戻し、そこに腰を下ろした。

「すみません。しっかり入っちゃったみたいなので、しばらくは目を覚まさないかと」

「かまわんよ。これで、上には上がいると思い知っただろう」

「報復しに来られそうですけどね。根に持つタイプに見える」

「ふむ。それに関しては否定のし様もないな。言い聞かせてはおくが、しばらく煩わせるかもしれん。被害があれば遠慮なく言って来てくれ」

「良いですよ、別に。最近運動不足だし、丁度良い」

 育つ過程でまったく接点のなかった親子だが、どうも根本的な考え方が似通っているらしい。息子の教育を半ば諦めている深山と、喧嘩の機会を喜んでいるようにも見える宏紀に、その会話はどうなんだ、と貢は呆れたように見ているしかなかった。

 さて、と気を取り直したように話題転換の接続詞を口にして、深山は情けない息子を思って険しい表情だったそれを和らげ、話しかける。

「良かったら、これから食事でもどうかね? お父上も同席していただけるとありがたい」

 食事にはまだ早い時間だ。自分に良く似た息子と長く共にいたい気持ちと、おそらくは隆昌がかけた迷惑に対する詫びの気持ちもあるのだろう。是非受けて欲しい、と雰囲気で求められて、詫びの気持ちを素直に受けるのも礼儀だ、という意識も相まって、宏紀は貢に確認するような視線を向け、二人揃って頷いた。




 後日。

 地元の暴力団組長、林野から、風の噂を聞いた。

 林野の所属する銅膳会とは別の広域指定暴力団、関東双勇会の二次団体である深山組で、組長の還暦祝いがあり、跡目披露が行われたというのだ。深山の血を引く四人の子供を三十歳を越えるまで組長候補に擁立しないことを謳った声明文と共に、若頭を務める高島という三十代半ばの若手が跡目に擁立されたらしい。

 先日の面会で、林野の地元で重要人物と面会の予定があることを、深山は律儀に林野組に知らせていたそうで、その重要人物の正体を林野はさすがに無視することもできず掴んで、驚いたらしい。それもそうだろう。自分が可愛がっている一般市民の宏紀が、まったく戦争の火種も起こらない遠方の組の縁者だとは、夢にも思わないものだ。

「もしかして、父親なのかい?」

 世間話のついでに、個人的に興味津々、という態度を隠しもせず尋ねる林野に、宏紀はにっこり笑って頷いた。

「跡目は断っていいと言質をもらったんですよ」

「なるほど、それで、子供たちの跡目争いを未然に防ぐような宣言が出たわけだ。頭の良い組長だな」

「俺の実の父親なら、当然でしょうね」

「お、言うねぇ」

 宏紀が高校生の頃に、跡目に望んで断られた相手だ。血が繋がった相手でも断ったと知って、林野は実に満足そうに笑った。





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