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 同性同士で二組同時という変則的な結婚式にも関わらず、弟と長年連れ添った伴侶の、そして二人がわが子として大事にしている子供たちの、大事な儀式のためにと、船津家の兄は随分張り切ったらしい。

 わざわざ自分の神社から神様を勧請して出張させ、巫女も二人連れて来て、本格的な神前結婚になった。若者組は洋装だというのに、まったく気にしないらしい。それは、時代と共に服装は変わっていくものなのだから、和装に拘るなど馬鹿げている、という個性的な発想のおかげだ。

 立会人として式に列席したレストランの面々と、祝瀬家の人々、仲人役の田辺夫妻が見守る中、式は粛々と進められる。

 神に捧げられる祝詞はわかりにくいとはいえ日本語であるから、注意深く聞いていれば意味がわかるものだ。それは、神の御許にて永遠の愛を誓い健やかな家庭作りを約束するので、どうか見守ってください、といった主旨の言葉だった。装飾過多な台詞回しだが、簡単に要約すればその通り。

 制約に縛られて、唯一絶対の神に許しを請うことが主旨の、キリスト教式に比べれば、随分とおおらかだ。

 固めの杯を交わし、指輪の交換をして、神々に夫婦円満家内安全を祈願して、式はあっという間に全行程を終える。

 式の最中に、パーティーにはまだ時間があるにも関わらず、披露宴の出席者が続々と店に入ってきては、簡易的に作られた式場の後ろの方で静かに事の行方を見守っていた。

 最後の二礼二拍手一礼の拝礼には、後ろの方に離れて見守っていた人々も一緒に拍手を合わせたため、気付いていなかった式の参列者たちが一斉に振り返っていた。

 式が終われば、主役もその家族もレストランの関係者も招待客も関係なく、パーティーの準備に流れる。片隅に寄せていたテーブルと椅子を戻し、厨房に用意済みのメニューを並べて、皿もありったけ並べて、立食形式だ。

 開始時間より早いものの、飲み物が配られて食事をそれぞれ好きなように取り分けて、そこらで適当に乾杯が始まれば、いつの間にかなし崩し的に宴は始まる。本日の主役たちはそれぞれに招待した知り合いに引っ張りだこだ。

 約束の開始時間に達したときには、すでに宴もたけなわ状態だった。

 レンタル用品店で借りてきたスピーカーを調整し、マイクテストをしていた克等が、手元に用意した時計を確認して、マイクに向かって声を張り上げた。

「え〜。何故か宴もたけなわではございますが……」

 突然話し始めた克等に、一応時間前に始めた自覚はそれぞれにあったのか、会話の音量を落として一方の壁に設けられた主役席を振り返る。

 ちなみに、そこに人はいない。それぞれが招待客に呼び出されて手放してもらえず、空席にしているのだから当然だ。

「主役のみなさん、返してくださいね〜。では、お時間になりましたので、土方家の人々の、ようやく収まるところに収まった披露宴を開始いたします!」

 中途半端に笑いどころを交えつつ、克等のマイクパフォーマンスというには頼りない司会に、客のそれぞれが大盛り上がりで拍手と歓声を上げた。

 壇上に押しやられるように開放された主役の四人が、それぞれにバラバラな場所から戻ってきて、用意された主役席に落ち着く。

 途端に、背が低いせいで、身長のある友人たちの中に埋もれていた、ウエディングドレス姿の宏紀が、全員の視線に晒された。

 それが男であることは、直接の面識はない、他三人の知人たちにも知られている。が、どう見ても、可愛らしい花嫁姿だ。それぞれの脳内で、所詮は女装の成人男性、と思い込んでいた無意識の嘲笑が、ガラガラと崩れ去ったのは言うまでもない。

 一方で、宏紀をよく知っている人々からは、喝采があがった。指笛にラブコールで大盛り上がりだ。

 司会の克等は、その盛り上がっている一段が、高校時代の友人たちであることを良く知っているせいか、半ば無視するように進行を進める。

「では、改めて乾杯の音頭をとらせていただきます。この場合、仲人が何がしかの挨拶の後に音頭という手順が一般的ですが、主役であります新郎、貢さんの御要望により、主役自らのご挨拶となります。マイクを変わります」

 主役席の隣に立って、事前に打ち合わせたとおりの文言を述べ、マイクを隣に立つ貢に手渡す。ちなみに、本日の克等の仕事は、ここまでだ。

「えー。お集まりの皆様、本日は我々土方家の内々の祝事にかくもご参列いただきまして真にありがとうございます。今日この日が迎えられましたのも、温かく見守ってくださいます皆様のおかげと、心より感謝いたしております。我々土方家一同、手を取り合って世間に立ち向かい、幸せな未来に向けて努力してまいりますので、今後ともお力添えを賜りたく、何卒よろしくお願いいたします」

 まるで舌を噛みそうな台詞を、似合わない真面目な顔で言ってのけて、頭を下げる。一緒に、並んだ三人も深々と頭を垂れた。

 が、顔を上げた次の瞬間には、貢の口元に普段の不敵な笑みが浮かんでいた。

「とまぁ、堅苦しいご挨拶はこんなもんで、みなさん、グラスをお手元にどうぞ! この後は無礼講でお願いします! かんぱーい!!」

 明るい貢の一声に、基本的にノリの良い客人たちが、グラスを高く掲げて唱和した。

 つまり、司会の役目がここまでなのは、こういう予定だったからだ。




 宴の後は、仲間内や気のあったグループ同士で連れ立って二次会に散っていき、レストラン内には仲人を引き受けた田辺夫妻と土方家、祝瀬家の面々のみが残された。

 あのもみくちゃ状態にも関わらず、彼らの衣装は全員無事で、嵐が過ぎ去った後のごとき店内で、四人揃っての記念撮影をすると、借り物の衣装を着替え始めた。

 元々、ドラマ等で活躍する俳優夫婦の田辺夫妻が、仕事上の伝を借りて貸衣装屋から借りてきた衣装だ。それを返さなければならない。

「そういえば、高宏さんは良かったのかしら? 花嫁衣裳でなくて」

「俺は、似合いませんよ。それに、女装の趣味もないですから」

 花嫁の立場であるとあとから聞かされたらしい美佐子の問いに、高宏は少し困ったように笑って返す。実際、がっしりとした体格の高宏には、ドレスはかなり似合わない。宏紀よりも背の低い痩せ型の貢ならば、とも思われたが、宏紀の美貌に似たところのない男らしい顔立ちの彼も、やはり似合わないようだ。

 宏紀が脱いだドレスを、少しうらやましそうに撫でたのは、本人は似合わないからと拒否していたはずの祝瀬家の嫁、松実だ。女装の趣味はなくとも、花嫁衣裳は特別な意味を持つ。実際に、嫁の立場をすんなり受け止めている松実には、結婚式願望はなくもないのだろう。

「着てみる?」

 似合わない、と松実が自覚している通り、確かに似合わないだろうけれど。宏紀と同じ立場だと聞いていたようで、美佐子はそう問いかけた。連れてきた美容師は、別の仕事があるからといってすでに帰ってしまったが、メイクくらいは美佐子にも当然できる。

 問われて、松実は少し悩んだらしい。しばらくして首を振るのに、その首を両手で挟んで止めたのは、松実の事実上の夫である克等だった。

「着てよ」

「だって、似合わないよ?」

「それでも。着て見せて。俺のために」

 俺のために、という言葉は、それ自身が強制力を持つ。松実が頷くまで待たずに、美佐子はそれを決定と受け取り、ドレスと松実の手をとって更衣室へ強引に移動していく。

 他の面々は、レストランの後片付けだ。パーティーは午後三時からだったものの、夜の営業は無理だろうとオーナーは判断したらしく、一日貸切になっている。したがって、明日からの営業のために、店の従業員は厨房を、借り主たちは店内を、大掃除だ。

 一通りの掃除を終えて、更衣室状態になっている一角を除いて通常状態に戻った頃、目隠しの裏から美佐子に手を引かれて松実が姿を現した。

 似合わない、と本人は言っていたが。なかなかどうして、様になっている。

 完全傍観者の年長組は感心の声を上げ、宏紀はうっとりと目を細めて親友を眺めやる。

 姿を見せた松実の目の前に立って、実に心もとない表情の松実のブーケを持つ手を取り、克等はその手の甲に口付けた。

「綺麗だよ、松実」

「……本当? 不細工じゃない?」

「不細工なもんか。こんな綺麗な人が俺の嫁さんなんだ、俺も自信が沸くってもんさ」

 慰めに感じない、真摯な克等の声色に、松実もそっと顔を上げる。

「着てくれて、ありがとうな」

 心底愛しそうに抱きしめる克等に、松実もようやくほっとしたらしい。抱き返して、ニコリと笑う。

「さぁ、いつまでもラブラブしてられないわよ。お店も返さなくちゃいけないし、そろそろタイムアップ。写真撮っちゃいなさいな」

 パンパン、と手を叩いて、美佐子が今日初めて会ったばかりのラブラブな二人を現実に引き戻す。カメラを片手に、忠等が二人を写真に収めるべく行動を始め、宏紀は美佐子に近づいた。

「美佐子さん。今日は、本当に、いろいろとありがとうございました」

「あら、良いのよ。この年になると、お節介の一つや二つ、焼きたくなるものなんだから」

 改めて礼を言う宏紀に、手を振って軽く答え、自分の隣にやってきて腰を抱いてくる旦那の手に指を絡めつつ、美佐子は嫣然と微笑んだ。

「末永く、お幸せにね」

 それは、メル友とはいえその程度の付き合いしかない他人からの、心からの寿ぎの言葉だった。





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