仲良し父子の結婚披露宴 1
土方家の事情を知っている友人知人にばら撒いた結婚披露宴企画に、まず真っ先に協力の名乗りを上げたのは、普段から休みがあるのだろうかと不思議になるほど精力的にテレビに顔を出している、バラエティ番組で引っ張りダコの天然系演技派女優、田辺美佐子だった。
そもそも、出会いからして妙縁と言い切れる間柄の相手だ。
まだ新人だった忠等が断りきれずに巻き込まれたお見合い騒動で、結局テレビ沙汰にまで発展したその場に、居合わせたパネラーの一人が、美佐子だった。
年長組カップルよりは年下だが、忠等の両親とは同年代の彼女と、その夫でこれまた連ドラの帝王と異名を持つ俳優、田辺新太郎は、妙な縁で知り合った宏紀と忠等を、まるで自分の息子のように可愛がってくれている。
その、可愛い子供たちの、同性カップルの結婚披露宴という珍イベントに、彼女は真っ先に食いついた。
元々、宏紀が書く小説のファンだという彼女は、その小説によってなのか元々なのか、随分と革新的な思考の持ち主で、楽しいことには是非声をかけて、と事ある毎に言ってくれていた人なので、はしゃぐようなその返答に、宏紀は苦笑をするだけだった。
事の発端は、定期健診を久しぶりに受けた貢に下された、健診結果だった。要治療、とされたそれは、あと数ヶ月放置していたら命に関わっただろうという切羽詰った症状で、これは薬で散らせる程度だったのだが、この結果が年長組の意識に変革を与えた。
生きているうちは、本人たちが幸せに暮らせていれば良い。だが、所詮は他人同士。ひとたび事が起これば、お互いに何の権限も持つことができない、法的には実に危うい関係なのは事実なのだ。いままでは目を背けていたそれも、そろそろ還暦が目前という二人には、考え直す必要のある問題だったらしい。
思い立ったが吉日、とはまさにこのためにあるような言葉だった。
知り合いの弁護士に、養子縁組に関わる手続きを相談し、ついでに婿同然の忠等も巻き込んでしまおうという流れになり。
結果、せっかく皆で土方姓になるのならば、お披露目しなくては、という名目の元、知り合いを招いてのパーティーを計画することになったわけだ。
もともとは、これもまた知り合いに飲食店の経営者がいたので、その伝を借りて一日店を貸切にしてもらい、そこで小さなパーティーをしよう、という程度の企画だった。ところが、まずは宏紀の親友である松実が、宏紀にウエディングドレスを着せよう、と提案し、神社の神主である高宏の兄が、どうせなら結婚式をしなさい、と立会いを申し出てきたため、随分と大々的に盛り上がり、現在に至っている。
高宏の実家である船津家では、高宏の性癖はバレていたものの、同性の恋人には反対したままであったから、兄のこの申し出には随分と驚かされた。反対していたのは、どうやら両親祖父母だけだったらしい。現役を引退した両親にはもう何も言わせない、と宣言した兄は、ずっと自分の性癖と両親からの圧力の板ばさみに苦しんでいた弟を間近で見守っていて、自分が発言権を持った暁には自由にしてやろうと常々思ってくれていたのだそうだ。
最大の懸案であった船津家の問題も、兄が協力してくれることで解決に至り、まさに祝福されての結婚披露宴と相成った。
それは、天高く馬肥ゆる秋本番。小春日和の穏やかな日曜日だった。
稼ぎ時であろう秋の連休のど真ん中に、店を貸切で貸してくれたのは、駅前でイタリアンレストランを経営する、元警察官の野中豊だった。
若い頃に結婚したものの三ヶ月で離婚して以来、独身貴族を貫き通して貯めた金で開店したレストランは、味が気に入って通っていたものの、駅遠な立地とイタリアン激戦区の悪条件で経営難に陥っていた店のシェフを口説き落として、新たに場所を変えてオープンしたもので、本人は経営に専念しているらしい。
今では口コミで常連客もつき、上々な経営状態であるから、日曜の昼間とはいえ、貸切は痛手のはずだ。しかし、警官時代に世話をして世話になった高宏と貢に対する恩返しだと、快く貸してくれた。
店は、駅前テナントビルの一階にある。店の入り口には、本日慶事のため貸切、という札が掛かり、店の厨房ではパーティー料理の準備で大忙しだ。
その店内の一角に、パーテーションで目隠しされた更衣室が準備されて、中では宏紀がドレスの着付けに悪戦苦闘していた。
そこにいるのが、このドレスを提供してくれた、美佐子だった。自分の気に入っている美容師だ、と連れてきた女性に着付けを任せ、他にも同時に着替え中の男三人に目を配っている。
さすがに、今回の主役たちは粗野な男ばかりで、こういった女性的な美的センスはやはり、それを職業上の武器にすらしている女優の彼女に、軍配が上がる。美佐子自身、それを自覚しているからこそ、衣装はすべて自分に任せなさい、と押し切るように協力を申し出てきたわけだ。
着替えているのが全員男性であるから、関係者たちは誰も着替え中でも遠慮なく顔を見せる。美佐子の夫として一緒に出向いてきた新太郎も、着替え中の彼らに、ほほぅ、と感心した声を上げた。
「さすが、馬子にも衣装だな」
「あら、失礼ね。素材が良いから映えるのよ。忠等君は言わずもがなだけれど、お父さんたちもさすが元警察官よね、姿勢が良いからすごく綺麗」
惚れ惚れ、と彼らを見回し、美佐子が満足のため息をつくので、そもそも名の知れた名女優の彼女の眼鏡に適うとは思っても見ない主役たちは、恥ずかしそうに目元を赤らめ、そっぽを向いた。
一方、女性モノのはずのウエディングドレスを身に纏い、ドレスの裾に隠れて見えないはずの足元もしっかりと女性用のサンダルを履かされ、テレビの現場で何人もの女優を化けさせてきた本物の美容師にメイクを施され中の宏紀は、もっと所在無さげだ。
ナチュラルメイクを意識したそれは、肌理細やかな肌がもったいない、と、本当に薄化粧で、目元と口元だけを色っぽく描きこまれているらしい。大体出来上がりらしく、どうですか、と判断を振られた美佐子は、その性別不詳の美貌に、らしくない歓声を上げた。
「きゃあ、可愛い〜! うちに欲しいわぁ」
「美佐子さん、持って帰らないでくださいね」
思わず、旦那に当たる忠等が突っ込みを入れた。まったく、本気に取れるはしゃぎようだった。
宏紀以外の三人は、忠等は宏紀のドレス姿に合うように、白いタキシードで、年長組は淡色の紋付羽織袴姿だ。背格好は様々な三人だが、美佐子の言うとおり姿勢が良いせいか、随分と様になって見える。
更衣室で美佐子がはしゃいでいるのに気を引かれて、高宏の兄、筝全もそこに顔を出した。少し歳の離れた兄は、すでに還暦を越え、長めに伸ばした髪は半分白いロマンスグレー。不思議と体格の良い高宏には似ていないものの、これまた往年の色男ぶりを垣間見せる容姿の持ち主だ。
その彼が、和服姿の高宏など見慣れているだろうに、ほう、と感心した声を上げた。
「なるほど、似合っているな。花嫁には役者不足かと思ったが、なかなかどうして、様になるじゃないか」
うんうん、と頷く彼は、それだけの憎まれ口を叩いてもやはり大事な弟ではあるようで、貢に視線を向け、改まって頭を下げた。
「土方君。何かと至らない弟だが、よろしく頼むよ」
「こちらこそ。今後ともどうぞよろしくお付き合いのほどお願いいたします」
養子縁組とはいえ、実家と縁を切るつもりなどまったくないのだ。それこそ、今度こそ家族ぐるみでお付き合いをお願いしたいというもので、貢は義理の兄に当たるその人に、深々と頭を下げた。
しばらくして、予定の時間ぴったりに祝瀬家の面々が顔を出すと、パーティーの前に結婚式の準備も整った。
式前に更衣室を覗きに来た松実が、自分のことのように嬉しそうに歓声を上げたのが印象的だった。さすが言いだしっぺ。思い入れは強いらしい。
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