幸せ家族計画




 久しぶりに実家に戻ってみたら、家族総出で顰蹙を買った。

 いや、同じ市内なのにほとんど顔を見せないことに、ではなく。

「っつうか、今まで別姓だったことにまず驚くんだけどよ、俺は」

「なんだ、ようやくその話が出たのか。就職前にしておけば面倒もなかっただろうに」

 以上が、弟と父の反応だ。母も弟嫁も苦笑するしかない様子。

 何の話かって、俺の養子縁組の話だ。




 就職して五年が経ち、結局地方に異動することもなく出世街道を進み始めた俺が、探偵業を軌道に乗せて安定した義父にその話を持ち出されたのは、本当に唐突だった。

 なんでも、新宿で馴染みのバーで恋人と飲んでいたら、そこの常連の一人が亡くなったという話を聞かされたのだという。

 亡くなったのは四十代そこそこのサラリーマンで、同い年の恋人がいる人だったのだとか。その恋人とは、同性であるおかげで、ただの同居人としか扱ってもらえず、癌を患っていたことは患者本人に聞かされて、身内として医者から詳しい話を聞くこともできず、臨終の際には家族に面会謝絶にされて病室の前で見送り、葬式には出してもらえたものの来賓でしかなく、遺言があったおかげで少しの遺品が手元に残っただけなのだというのだ。

 そんな話をマスターから又聞きで聞かされて、どうやら二人にも思うところがあったのだそうで。

 二十年以上連れ添った恋人と、このたびようやく戸籍を同じくすることに相成ったらしい。そのついでに、俺も土方姓に入らないか、というお誘いを受けたわけだ。

 もちろん、俺に否やはない。両親も拒否しないだろうと思う。なにしろ、弟嫁が就職活動を始める直前くらいに、自分たちの養子として受け入れたくらいだ。俺が籍を抜けることも、きっとすでに許諾済みだった。

 恋人は、少し渋っていたけれど。俺が公務員として出世街道に乗り始めたことを知っているからな。親戚筋でもない家への養子縁組が、その足枷になることを心配しているんだ。

 足枷になるならそれで、別の生き方を探すまでさ。公務員だけが生きる道じゃない。まぁ、今のところ問題はなさそうだが。

 それに、と続けられたその先の言葉に、そのとき、俺と俺の恋人とは絶句させられたのだけれど。

「仕事辞めてからしばらく行ってなかった定期健診をこないだ受けてきたら、ちょっと厄介なものが見つかってな。今回は命に危険も無いそうなんだが、予後観察が必要なんだそうなんだ。もう俺も歳だしなぁ。高宏を残してポックリ逝くかも、と思ったら、ちょっと焦った」

 そんなあっさり言うことじゃないだろう、と内心で突っ込んでいる間に、義父はさらに怖いことを続けた。

「俺の場合は、まぁ、後のことは宏紀がやってくれるからな、心配してないんだが。高宏に先立たれたら、こっちは手も足も出ないからなぁ。どうせ墓に入らなきゃいけないんなら、同じ墓に入りたいじゃないか。死の影を見つけたら、居ても立ってもいられなくなってな」

 それを、前の日の晩に二人で話し合って急遽決めたというから、こういうことは勢いが大切なのだろう、としみじみ思う。この二人が二十年も経ってようやく出した結論だ。彼らに便乗しておかなかったら、俺たちはもっと先になりそうだったりもする。

 それに、土方の家に入り浸っているせいか、土方姓には愛着もある。親の籍を借りないなら、俺が年上だから、自然と祝瀬姓になってしまう。それもなんとなく嫌だ。まぁ、自分の姓が嫌ということではないのだけれど。宏紀は土方姓で居てほしい。




 そういうわけで、渋る恋人を宥めすかして説き伏せて、俺はその承諾をもらいに実家に戻ったわけだ。

 ちなみに、宏紀の美味い紅茶に慣れているせいか、母の淹れる紅茶は薄くて飲めたものじゃないが、弟嫁の松実君の淹れてくれる紅茶はさすがに美味い。祝瀬家も、良い嫁を手に入れたもんだ。

「まぁ、縁組のせいで仕事が続けられなくなったら、いつでもうちに来い。万年人手不足だ」

「仮にそんな破目になったら、うちの探偵事務所を手伝うよ、俺は。だから、看護師雇えって言ってるだろ? もしくは、松実君に手伝ってもらったら?」

「せっかく念願叶って教師になったのに、辞めさせられないだろう? まぁ、来年には克等もインターンを終えるからな。そうしたら、本格的に人を雇うさ」

 今も昔ものほほんとしたこの父親は、これでいて、世間の常識を斜めに見る柔軟性と、こうと決めたら意地でもやり遂げる頑固さを持ち合わせた、俺たちの父親だ。ずっと雇われ医師で通してきたくせに、弟が医大に進学した途端に開業医思考に転向して、今年から駅前にテナントを借りて内科医院を始めた院長先生だった。来年からは弟を勤務医に増やして、診療科目も弟の専門である心療内科を増やす予定なんだとか。

 まぁ、信頼できる良い父親であることは間違いない。

「養子に行っても、うちの血縁であることに変わりはないんだ。今まで以上に親戚付き合いをさせてもらえると思って期待してるから、たまには家族みんなで遊びに来なさい」

 ホント、物分りの良い家族ってありがたい。




 せっかく来たんだから、少しのんびりして行け、と引き止められて、近況など話しながら寛いでいると、元は俺の部屋だった自室で持ち帰った仕事に精を出していた嫁の松実君が降りてきた。最近手に入った茶葉だから、と紅茶を淹れてくれてからしばらく仕事をしていたらしい。

 通りがけに弟と指を絡めて愛を確かめ合うところが、なんだかラブラブ夫婦で中てられてしまう。うちの両親は見慣れたらしいが、俺はちょっと面食らった。

 すっと通り過ぎて自分の分の紅茶を淹れて戻ってきた松実君は、当然のように克等の隣に腰を下ろした。

 それから、興味津々の様子で俺のほうに身を乗り出してくる。

「それで、式はするんですか? 宏紀、女装するの?」

 少し悪乗りしている感じはするが。さすが、旦那を差し置いて、老後の約束をするような親友同士だ。悪ふざけ具合が宏紀にそっくり。

「見たいか?」

「宏紀なら、似合うでしょ」

「……確かになぁ。どう見ても男前なヤツなのに、女装似合うんだもんなぁ」

 その根拠はあれか。高校の頃の文化祭。確か、高三の時は三人揃って同じクラスで、企画が女装男装バーだった。今でもエプロン姿の似合う松実君は、意外に女装が似合わなくて笑った覚えがあるけれど。宏紀は、まぁ、予想通りだったな。

「やる予定はないよ。身近なメンバーを集めて宴会くらいはしようと思ってるけどな。その時には招待状持ってくるから、ぜひ参加してくれよ」

「ちぇ。宏紀のドレス姿、きっとキレイだろうに」

「松実君は着ないの? いつの間にか苗字が変わってた感覚なんだけどな?」

「着ないですよ。俺は、似合いません。思いっきり」

 どうやら、自覚はあるらしい。あぁ、だからこそ、宏紀に代わりに、と思うのかもしれないな。この二人の信頼度は、俺でも割り込めないんだ。

 少し残念そうにむくれた松実君の頭をくしゃくしゃに撫でて、克等はなんだか幸せそうに笑っていた。まったく、ラブラブだな、この夫婦は。




 自宅に戻って、宏紀のウエディングドレス案を話して聞かせると、なんと、家族全員が揃って乗ってきた。是非やろう、という方向に流れていくのを、俺だけが止めるのもなんだし。っていうか、俺も見たいし。

 冗談だったはずなんだけどな。

 まぁ、いいや。本人がそれで良いなら。眼福眼福。



おわり





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