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翌日から、修学旅行の準備が日々進展していく中で、俺と宏紀は逢瀬の計画を練った。メールでのやりとりは遅々として進まず、でも、彼からのメールを読むのが楽しみで、うきうきとした毎日を送る。
世間様で言うところの、遠距離恋愛というものを、只今満喫中。
そんなある金曜日。
「なぁなぁ。祝瀬ぇ。今日はバイトないんやろぉ? ええやんか。たまにはハメはずそうぜ」
いつも学食で一緒に昼食を囲むメンバー全員が参加の合コンに誘われた。天文部の定例コンパだったら行くけれど、個人的な飲みはほとんど断っている俺に、たまには付き合え、と半ば脅迫に近い誘いだった。まぁ、この仲間内はけっこう気が合う同士で気に入っているのだけれどね。
「合コンなんだろ? 俺は興味ないよ」
「なんでやねん。自分、フリーやろ? 彼女の影がまったくあらへんもんなぁ」
「フリーじゃないってば」
「嘘つけや。デートの一つもせんと、よう言うわ。なぁなぁ、なぁて」
しつこく誘ってくるこいつが、今回の主催者。すでに参加が決まっているメンバーは、俺とこいつの漫才のような押し問答に、楽しそうに笑っている。
あまりに埒が明かないので、別の奴が口を挟んできた。
「相場、何してそんなに祝瀬に拘ってるん? 他にも誘える奴はおるやろ」
「あぁ。実はよぉ」
渋るかと思えばあっさりと種明かしをし始めた彼に、全員が耳を傾ける。まぁ、ろくな理由ではないだろうから、真剣な表情の奴は一人もいない。
なんでも、そもそもこの辺りが出身の彼は、別の女子大に通う幼馴染と久しぶりに街で会い、大学生活の話になったのだそうだ。そこで、彼女が「京大に入るような奴って、みんなガリ勉くんなんじゃないの」とかなんとか言ったのにカチンときたらしく、売り言葉に買い言葉とばかりに今回の合コン企画となったらしい。じゃあイケメンエリートを集めてやるよ、というわけだ。
実際のところ、頭が良かろうが悪かろうが、容姿はそれぞれ千差万別で、個性的な顔の奴もいればいわゆるイケメンと呼ばれるような顔の奴もいるものだ。はっきり言って、馬鹿馬鹿しいの一言。
「まぁ、確かに、俺らの知ってる範囲でイケメンって言うたら、祝瀬くらいやろうけどな」
「いわゆる、才色兼備ってやつだな。でも、実際のところ、ただの天文オタクだぞ、こいつ」
否定するほど自分を過小評価はしない俺としては、結局好き勝手なことを言うこいつらに、苦笑を返すしかない。
「せやから、な。来るだけでえぇから」
「だから、どんな理由があろうと、嫌なものは嫌だ。大体、結局は合コンなんだろ? 恋人持ちの俺が行っても、女の子たちにも迷惑だろ」
「そんなん、最初から言うときゃえぇやん。恋人いるから単なる数合わせやって。な? 頼むわ」
パチンと手を合わせて俺を拝むから、なんだか断るのも申し訳なくなってくる。もちろん、コイツの都合でしかないのだから、断っても問題はないのだが、まぁ、円満な友だちづきあいというものも念頭に入れるべきで。
「しょうがないな。ちょっと待ってろ、お伺い立ててみるから」
「なんや。ナイショでえぇやんか」
「あっちはあっさりOKするだろうけど、俺は嫌なんだ」
理解があるというよりは、とにかく人の行動を制限することが苦手な宏紀が、俺のすることにNOを言うことなどたぶんあり得ないのだけれど。こうして離れて生活している分、宏紀にこれ以上余計な心労はかけたくない。それは、俺のわがままとして。
ちょうど時間的には高校も昼休みの時間帯だ。電話をしても迷惑にはならないだろう。たぶん、居場所もいつもの通り図書準備室のはずだし。
短縮の1番に入れてあるあて先に電話を掛ける。今の今まで俺に恋人がいることをまったく信じていなかった彼らは、皆一様に意外そうな表情だ。短縮に入れる番号なんて、家族か恋人かバイト先くらいだろうからな。疑いようが無い。
しばらく待って、留守番電話に変わる直前くらいのタイミングで、宏紀が出た。
『忠等? どうしたの? こんな時間に』
「食事中ごめんな。今大丈夫か?」
『うん、大丈夫』
なんだ、兄貴か、という弟の声と、その恋人の特徴のある笑い声が、電話の向こうに聞こえる。その光景が目に浮かぶような日常的な音。宏紀が普通に生活していることが、そんな音から確認できる。そして、その事実にほっとするんだ。
『なぁに?』
人の心を無意識に穏やかにする優しい声色は、宏紀の持つ天性の才能。それは、俺専用のモノなのか、万人共通なのかは今のところ不明だが、前者であれば嬉しいと思う。恋敵は増やしたくない。
「あのな。友だちに、合コンに誘われてるんだが……」
『へぇ。大学生っぽいねぇ。行っといでよ。たまには可愛い女の子と触れ合っておいで。周り男ばっかじゃ、艶が減るよ?』
俺が最後まで言う前に、電話の趣旨を理解したのだろう。相変わらず、察しが良い。
それにしても、言うに事欠いて、艶とはね。参ったな。小説家を始めてから、日々の語彙範囲が広がってるよ。
「じゃあ、愛しのハニーに捨てられないように、艶磨いて来るよ」
『可愛い子がいたら写メよろしく』
「ぜってぇ送らねぇ」
『あ〜ん、イジワルぅ』
電話の向こうで、二人分の大爆笑が聞こえて、俺も思わず笑ってしまった。宏紀自身も楽しそうに笑っている。それから、じゃあ、という簡単な挨拶を交換して、電話を切った。
久しぶりに聞く宏紀の声に、俺の心がほっこりと温まる。まさに、栄養補給。やっぱり、メールだけじゃなく、たまには電話もしないとな。
携帯を耳から下ろした途端、全員が食卓に身を乗り出して俺に注目するから、俺はちょっと身体をのけぞらす。
「な、なんだよ」
「マジで恋人いたのか」
「艶ってなんや、艶って」
「祝瀬にハニーは似合わねぇ」
まったくどいつもこいつも失礼だ。ほっとけ、と一蹴してそっぽを向けば、みんなに大爆笑された。
唯一俺の隣にいた、今回の合コン主催者だけが、妙に固まっていたが。
「……祝瀬、自分、ホモ?」
うわ。聞こえてたのか。通話音量最低にしてあるんだけどな。
その発言に、ちょっと前まで沸いていた雰囲気が、一瞬にして冷えた。またもや、今度は冷たい視線が集まるのに、俺はちょっとため息をつき、肩をすくめる。
「別に、女も好きだぞ、普通に」
「せやけど、今のは男やろ?」
「あぁ、確かに。といっても、あいつが別格なだけさ。他の男なんかキモいだけだぜ」
「男は男やろが」
「うーん。そこは口で説明するのはなかなか難しいな。そもそも、俺は、他の人間は男だろうが女だろうが眼中にないからな。あいつ一筋、それ以外はただの人。そんなもんだろ、人に惚れるってのはさ」
男だからとか女だからとか、そういう属性で好きになったわけではない。宏紀があんな人だったから、惚れこんだんだ。偶然、世間様からは異端とされる同性愛になってしまっただけのこと。俺にとっては、ただそれだけ。
「気持ち悪いか? だったら、別に無理に付き合ってくれなくても良いぞ。俺の立ち位置はここだ。逃げも隠れもしないし、一歩も動く気は無い。
あとは、他人がどう判断しようが、その人次第。俺に対して友好の立場をとるなら俺も同じく親愛の情を傾ける。反対に、俺から離れていく奴を追いかけて行く気もない。どう考えてどう俺を扱うかはそれぞれで決めれば良い」
俺が俺である事と、宏紀が恋人であることは、切って離せる関係ではない。自分のことだから、これだけは断言できる。
俺はこうだ、それを受けてお前はどうする?
俺に言える言葉はそれだけ。
しばらく黙り込んだ彼らだったが、最初に口を開いたのは、目の前にいる俺と同じ関東人だった。
「お前の恋人、肝が据わってるな。男同士ならなおさら、女に嫉妬するもんだろ。それを、あれだけあっさり認めるんだから、大したもんだ」
「そんなラブラブの恋人ほっといてえぇのんか? 祝瀬が恋人とデートしてそうな時間、ないやろ?」
どうやら、認める方向で頭の整理がついたらしい。その彼らに、俺はちょっとうれしくなった。本来、自慢したくてしょうがない自慢の恋人なんだ。認めてくれるなら、惚気させてもらいたいというもの。
「地元で俺の帰りを待っててくれてるんだ」
「なんや、遠距離恋愛かい。どおりで恋人の影がないわけや」
認めた人、これで三人目。隠していたわけでは無いけれど、俺の態度の正体がわかったことに吹っ切れたのかもしれない。ははっと笑ってくれるから、打ち明けて良かったと胸を撫で下ろした。さすがに、この仲間たちを失うのはもったいないんだ。学生生活を円滑に進める上で、同じ学年の仲間というのは必要だから。
「せやったら、彼氏公認ってことで、今夜の参加は決定やな。いや、良かった良かった」
最後の一人も無事乗り越えてきてくれた。本当に、俺は周囲の人間に恵まれている。
ポーズだけでも、しょうがないな、という態度で、俺は嬉しいような呆れたような複雑なため息をついた。
結局。参加者全員集めての記念写真を宏紀に送っておいた。
その返信が、これ。
『俺の好みは右から二番目の彼女かな。可愛い子揃ってるじゃん。お持ち帰りしたの?( ̄ー ̄)ニヤリ』
もう、脱力するしかない、って感じ。
俺たちの遠距離恋愛は、日々こんな感じで平穏に過ぎていく。
東京に帰るまで、あと二年半。
おわり
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[mokuji]
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