遠距離恋愛 1




 深夜のコンビニバイトを始めてから、恋人との連絡は電話ではなくメールになった。

 確かに、電話の通話料を考えればリーズナブルだし、時間帯を気にしなくて良いのも便利だけれど、やっぱり声が聞きたいと思うのは、この世のすべてを引き換えにしても良いと思えるほどの相手だからだろう。

 京都にやってきて一年が過ぎ、ようやく宏紀と遠く離れた生活にも慣れた今日この頃。

 悪夢を見るようになった。

 それは、中学二年生のガキだった頃の、実際に起こった記憶の再現。無理に繕った幼い頃の恋人の笑顔が、目に焼きついて離れない。

 さすがに、こんなことを彼に相談するわけにもいかない。いくら二年の歳の差をまったく感じさせない大人びた恋人だとはいえ、あの無理やりに引き裂かれた当時の記憶は、彼にとって傷になっていないわけはないのだから。

 まぁ、睡眠時間を削ってのバイト生活に疲れてきたのだろう、と想像できるから、悩んでいるわけでも無いけれど。過去を振り返るだけ馬鹿馬鹿しい。未来をより良いものにしていけば良いだけの話だ。

 実際、今この場所に立っていられるのは、宏紀のおかげだ。

 不可抗力とはいえ、宏紀を泣かせてしまった事実は、そろそろ高校受験に本腰を入れる時期にあった俺に喝を入れた出来事だった。宏紀の涙と引き換えに出来た、退屈ともいえる無駄な時間を、無駄に過ごすのは自分に対して許せなかったから、不良仲間との接点もなくなって時間を持て余したそれをすべて、受験勉強に当てた。

 大体、大事な人を泣かせて得た時間を無駄遣いしたら、彼の涙に申し訳が立たないからね。それこそ、死に物狂いで成績を上げて、元々素質があったおかげもあって高校に主席で入学して、主席を保って三年生まで進級した。

 宏紀がそこに来てくれたのは、まさに神様からのご褒美だと思ったんだ。冗談ではなく。傍らにいるべき人を失って、その人を取り戻すために頑張ってきた自分に、ご褒美を与えられたのだと。

 事実は、多分逆。結局はのうのうと生きていた俺自身が、死の縁に立ちながらも懸命に生き長らえてきた宏紀への、神様からのご褒美だったのだろう。

 それで良いと思う。俺という存在が彼を喜ばせることが出来るなら、これ以上無い幸せだ。俺の存在意義だと言い切っても良い。

 本当であれば、もう二度と彼のそばから離れるわけにはいかない、とも思ったのだけれど。それは、宏紀に拒否されたからね。それに、俺自身が生活基盤をしっかり安定させておかなければ彼を支えることは出来ない。その準備として、手を抜くことは自分自身が許せないことだから。

 で、今は自分の意思で選んだ遠距離恋愛中というわけだ。

 せっかく、この国で東西二分する高偏差値を誇る国立大学に入ったのだ。将来はすでに決めてある。国家公務員になること。それも、キャリア組で。ついでに趣味と実益を兼ねようと思うくらい、許されて良いだろうさ。

「祝瀬君。休憩して」

 深夜零時を回って、店長が姿を現して俺に告げる。仕事熱心なこの店長は、昼食時と夕食時と深夜は必ず店にやってきて、テキパキと仕事をこなす人だ。おかげで、バイトといえど気を抜けない。職場環境としては、良い環境だとは思う。店長の目が光っててサボれない、なんてぼやくバイト仲間もいるけどな。

 裏の倉庫にパイプ椅子がいくつかあって、そこがバイトの休憩場所になっている。眠気覚ましの缶コーヒーを右手に、携帯電話を左手に、俺は椅子に座った。

 メールが届いていることを示すランプが灯っていて、俺は缶コーヒーのプルタブより先に、携帯を開いた。

 予想通り、それは宏紀からのメールで。

『お仕事お疲れ様^^ 修学旅行の行き先と日程が決まったよ。七夕挟んで三日間。宿は二晩とも同じだって。時間合わせて会えるかな``r(・_・;) 忠等の予定はどう?』

 これを読んだ途端、自分の気持ちがぐ〜んと高揚したのが自分でわかった。夏休みを目前に、期末試験直前で恋人に会えるなんて。今の自分には最高の贅沢だ。

『こっちの予定は全部宏紀に合わせるよ。少しだけでも絶対会いたい! 修学旅行の日程で自由行動できる時間帯を教えて。あと、泊まる宿も。よろしくw』

 缶コーヒーの存在をすっかり忘れてメールの返信を書いて送信したところで、休憩時間は終了。眠気覚ましは補給できなかったけれど、思わぬグッドニュースに眠気が吹っ飛んだ。今が六月初旬だから、あと一ヵ月すれば宏紀に会える。これをグッドニュースと言わずしてなんとする。

 嬉しい表情を押さえられない俺に、休憩を終えて出てきたバイトを迎えた店長は、ものすごく怪訝な表情をしていた。





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