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 相変わらず日勤の日は定時で帰ってくる忠等に、雅子の訪問という事件を話して聞かせたのは高宏だった。

 夕飯の準備をしている宏紀の手伝いを貢に任せ、わざわざ探偵事務所にしている玄関脇の応接間に引きずりこんでの話だった。

 話を聞いた忠等の態度は、普段と変わらなかった。貢や高宏も、宏紀には幼少の頃に寂しい思いをさせたという後悔の念があって、宏紀に対する接し方はかなり慎重だったりするが、それは忠等も同じなのだ。忠等に関しては子供だったこともあって止むを得なかったわけだが、それでも寂しい思いをさせた中学生時代を思い返せば、宏紀を大切にしたい、宏紀に償いたい気持ちは二人に負けない。

 おそらく、忠等の一生をかけて愛し守り抜く覚悟は、貢や高宏のそれよりももっと強いものなのだろう。動揺した気配すらなかった。

「宏紀なら大丈夫ですよ。俺もついてますから。それに、貢さんも高宏さんも気にかけてくださるでしょう?」

 家族を信頼していなければ、恋人を託すことなどできるはずが無い。それをあっさりと当然のように言ってのけるのは、疑ってもみない証拠だった。

「信用してくれているのはありがたいけど、俺たちで宏紀を守りきれるか、自信が無いよ?」

「大丈夫です、って。宏紀なら、何も問題ありません。困った事態ならちゃんと自分から助けを求めてきますから」

 実にあっさりした口調ながら、心から恋人を信頼しているらしい台詞に、少し驚く。宏紀の左手首の傷痕を見て、心配せずにいられる根拠がわからない。

 だが、忠等は、大丈夫大丈夫、とのん気に繰り返して、高宏を促してリビングに戻っていった。

 宏紀は、丁度出来上がった夕飯をテーブルに並べているところだった。

 しゃもじを宏紀から引き取って炊飯器を開けながら、忠等は宏紀に話しかけた。

「今日、大変なお客さんが来たんだって?」

「え? ……あぁ、高宏さんに聞いたの。うん、お母さん。再婚したから一緒に住まないか、ってさ」

「ふぅん。今更なぁ」

「そう、今更なんだよね。とっくに他人だろうに、何で今更そんなことになるんだか」

 本来、子供のときに別れた母親に再会した恋人にかける言葉は、もっと労わる言葉であるべきだ。が、忠等は同情すらしなかった。そんな突き放した反応に、宏紀は何故か嬉しそうに笑って頷くのだ。

「心配した?」

「俺が? 宏紀が母親に何も期待して無いのは、十年も前から知ってるぞ?」

「……でした。聞いた俺が馬鹿だった」

「まったくだな。でも、ちょっとは動揺しただろ。何も無い平日に刺身なんて、珍しい」

「もう、忠等には隠し事できないなぁ。なんでもないんだよ、突然訪ねてくるからビックリしただけ」

 あはは、と空笑いをして返す宏紀を、忠等はただ抱き寄せて、ぽんぽん、と肩を叩く。強がっている姿を肯定してやり、その心の内を解してやる手腕は、宏紀に一番効果的な手段で、確かに忠等に任せておけば問題ないらしい。

 改めて、年少組の絆を見せ付けられた気がして、高宏はただ驚いてその二人を見つめていた。隣で、ビール片手の貢も同様に。

 宏紀にとって唯一顔を知っている血縁者である母は、しかし、血のつながらない家族の前では、その血という太い絆もまったく脆く崩れ去る形ばかりの糸であり。

 いまだ戸籍すら貢との親子関係以外にはまったく無い、法的には赤の他人である彼らは、細くとも頑丈な糸で縫い合わされているらしい。

 そんな、これまた今更な事実を、改めて確認させられた、そんな事件の一日が、ようやく終わろうとしていた。





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