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 珍しく、ぶっ続けで三時間テレビゲームに熱中し、さすがに目が疲れて台所に紅茶を淹れに行ったちょうどその時、玄関が急に騒がしくなった。ガチャン、と鍵の空く音がして、大人の男が二人会話をする声が聞こえてくる。

 どうやら、二人一緒に帰ってきたらしい。

「父さん、高宏さん。お帰りなさい」

 台所からひょこっと顔を出して、二人を確認し、ようやくほっとする。向こうでも宏紀の姿を見て、二人同時ににこりと微笑んだ。が、直後、二人がこれまた同時に表情を曇らせる。

「どうしたの、宏紀。具合でも悪い?」

「顔色悪いな。熱でもあるのか?」

 二人とも、宏紀の幼少期を一人きりで寂しく過ごさせていたことに対する罪悪感のせいか、宏紀のことに関しては実に敏感なのだ。少し暗い表情をしているだけで、大慌てで小走りにやってきて、熱やら顔色やらを確認している。

「熱はなさそうだな」

 そんな過保護な態度に、宏紀は思わず笑ってしまった。

 一緒に住むようになって七年になるが、いまだにこうして心配されることに慣れない。家族なら当然のスキンシップも、なんだか気恥ずかしいのだ。

 笑っている宏紀に、貢も高宏も体調不良の心配が拭われてほっとした。それから、宏紀より背が低いくせに、貢はその頭を引き寄せて、がしがしと荒っぽく髪を掻き混ぜた。

「俺たちが留守の間に何かあったんだろ」

「なんだか顔色が暗いよね。どうしたの?」

 貢に強引にソファに座らされて、いつの間にやってくれたのか、高宏が三人分の紅茶を淹れて出してくれた。宏紀がコーヒー嫌いのため、この家で休憩といえば緑茶か紅茶だ。丁度宏紀が淹れようとしていたのでテーブルに出ていたのをそのまま使ったらしい。

 改めて問い詰められて、宏紀は黙っている理由も思いつかず、素直に三時間前の訪問者を告げた。

「お母さんが来たんです」

「……はぁ?」

「雅子さんが?」

 二人の反応は、前者が貢で後者が高宏だ。警察学校の同期で仕事上でも相棒となれば、家族ぐるみの付き合いもおかしな話ではなく、高宏と宏紀の母との面識もあった。そのため、名前がすっと出てきたわけだ。

 宏紀は、その名に軽く首を傾げて返した。

「マサコ、さん?」

 どうやら、母の名を知らなかったらしい。二人に教えられて、初めて知ったようにようやく納得する。

「しかし、何でまた、今更?」

「さぁ。玄関先で追い返しちゃいましたし」

 どうやら、自分を捨てた母親と顔を合わせる気にはならなかったらしい、と理解し、貢は腕を組んだ。隣に並んで、高宏は貢の反応を待っている。

「貢、雅子さんの連絡先、知らないのか?」

「知ってるわけないだろ。十年も前だぞ、離婚したの。実家に連絡してみればわかるかもしれないが」

 実家に問い合わせるほどの事態だとも思えず、貢は言葉を濁す。だよなぁ、と高宏も困ってため息をついた。

「そもそも、何で今更。再婚でもしたのかな?」

「何で再婚の報告に来るんだよ。もう他人だろ」

「でも、宏紀くんは雅子さんの子供なんだし、親権はなくても血縁はあるじゃない?」

 迎えに来たのかもしれない、というのが高宏の推論だ。否定しようにも他の理由も見つからず、貢は不機嫌に唸った。その側で、宏紀は考えたくもないとそっぽを向く。

 ここで話していても何の解決にもならず、本当に何か用事があるのならまた連絡があるだろう、という結論に落ち着いた。それから、貢が立ち上がり、車のキーを手に取る。

「こういう時は気分転換だ。ショッピングにでも行こう」

「え? でも、事務所の留守番は?」

「良いさ。電話は留守電、今日は客の予定もない。いたって平和だ」

 ついでに、どうやら電気屋に探偵用具の買出しもあるらしい。貢に従って高宏も当然のように立ち上がり、宏紀が従うのを待っている。二人の年長者の視線を受け、宏紀は軽く肩をすくめて笑い、立ち上がった。

「ついでに食材も買ってきちゃいましょう。今日、なんだかお刺身が食べたい気分」

「やった!」

 土方家では、週に一度の買出しで一週間分のメニューが決定するため、肉や刺身など鮮度重視の食材は週の前半にしか味わえない。近所の魚屋では、切り身や干物ならあるが、さすがに刺身は置いていないので、日曜日だけの贅沢品だ。だから、貢も高宏も子供のように喜んだ。

 宏紀が出しっぱなしだったゲームと仕事道具を片付け、高宏と貢は台所を片付けると、三人揃って玄関に集まる。一番に玄関を開けたのは、普段から運転手の貢だった。

 ガチャン、と音を立てて扉を開け、鍵の取っ手に付いたリモコンボタンを押し、車のロックが解除される音を聞きながら、前方に視線をやって、そのまま固まった。

 貢が立ち止まってしまったのに、その後ろで待っていた高宏は不思議そうに首を傾げ、宏紀と顔を合わせる。

 二人揃って、貢の肩越しに向こうを見た。





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