II-4




 しばらく声も出せないでいると、宏紀はゆっくりと目蓋を持ち上げ、恥ずかしそうに微笑んだ。忠等が頭を?でいっぱいにしているのがわかったのだろうか。

「うれしいの。すごくうれしかったから。チュウトさんがそんな辛そうな顔しないで。良くしてあげられなかった? 俺」

「へ?」

 ぱちくり。

 びっくりして、瞬きした。

 強姦したつもりだったのに、良くしてあげられなかった?と聞かれてしまったのだ。恨み言を言われこそすれ、そんなふうに思われるなんて、まったく予想もしなかった。

「何で? ……俺、宏紀のこと、強姦したんだよ?」

「だって……」

 強姦と聞いて、宏紀は再び赤くなって俯いた。

「だって、好きだし。俺、一度も抱かれた覚えないから……。初めてだったから」

「その年で抱かれたことがあるって言うほうが驚きだな」

「そうじゃなくてっ!」

 いつのまにかタメ口になっているのにも気が付かない。宏紀は意志の強そうなしっかりした眼差しで忠等を見つめた。

「そうじゃなくて。本当に、変な意味じゃなくて、抱かれたことなかったから。親も抱いてくれたことないし」

「……変な意味じゃなくて? 親も?」

 びっくりして忠等は聞き返した。親にさえ抱かれたことのない子供などいるのだろうか。信じられない。

「子供の時の写真とか、全然なくってね。今でも何もないけど。家庭科の宿題で困っちゃったことがあるんだ。先生はあるのが普通だと思ってたから、びっくりされちゃった。そりゃね、赤ん坊の頃は母乳が必要だったから、抱かれたかもしれない。でも、記憶には残ってないんだ。三才ぐらいまで大体覚えてるけど、一度もない」

 そんな……。忠等は絶句してしまった。
 そういう子もこの世にはいるんだということ。その本人を目の前にしているということ。そういったことにショックを受けた。
 そんな子を無理遣りに犯してしまった。父親にも母親にも抱かれたことがない。そういう子なのに。

 この子に比べれば、自分など幸せではないか。何を小さなことにこだわってグレていたのか。そう思ったら、そんな自分が忠等はとても恥ずかしかった。

「ねえ」

 身体を起こして、宏紀が忠等の耳元で話し掛ける。ん?と聞き返すと、宏紀はさらに信じられないことを語り掛けてきた。

「また、抱いて。今度はこんなとこじゃなくて、俺の部屋、来て」

 耳にかかる息がくすぐったかった。そして、夢見るような宏紀の甘い声。忠等はまじまじと宏紀を見つめた。微笑っている宏紀の目は本気だった。

「宏紀、お前……」

 ね?と宏紀は首を傾げた。可愛らしいその仕草に目を奪われる。

「でも俺、宏紀のことどうしても好きってわけじゃないし……」

「いいの。俺がチュウトさんのこと、好きだから。それ以上のこと、望んでないから。きっと、いつかチュウトさんも俺のこと好きになってくれるから」

 そうでしょ? そう言って宏紀が笑う。反論できなかった。キスして、と言うように笑った目を閉じた宏紀が可愛かったから。可愛いと思ってしまったから。キスしたいと思って、実際唇を重ねてしまったから。

 きっと、宏紀のことを好きになってしまう。もっともっと可愛いと思ってしまう。愛しくなる。手放せなくなる。確信があって、それを忠等は抵抗せずに受け入れてしまっていた。

 これがファーストキスだということに、忠等はしばらく気が付かなかった。

 その晩、忠等は家に帰らなかった。





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