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 その日の夜。

 なんと、僕は祝瀬家に留まっていた。

 冗談でもなんでもなく、お父さんはその場で一通の医療診断書を作成し、その紙と共に両親を追い払ったんだ。息子の友人として、一時的にお預かりします、と言って。

 本物のお医者さんの本物の診断書だ。両親はすごすごと引き下がった。考えの凝り固まった人間は、権威を持つ相手には弱いのが常だけれど、そんなところまで両親は型にはまっていて、ちょっと恥ずかしい。

 もっと柔軟に物事を考えないと、これからの世の中、強い者に押しつぶされちゃうよ。大丈夫かね、うちの将来は。

 今度は、夏休み中だけではなくて、下手をするとそのままお嫁入りするような段取りになってしまったので、もう夜なのだけれど、僕たちはすくちゃん先輩の部屋を片付けている。僕の部屋にしてくれるんだって。

 何故か宏紀の家にいたすくちゃん先輩は、部屋に残っている家財道具はそのまま使って良いよ、と許可をくれた。ついでに、片づけを手伝いに帰ってきてくれたんだ。宏紀も連れてね。

 僕が両親と和解できなかった話をすると、すくちゃん先輩も宏紀も、仕方がないね、と苦笑を返してくれた。

 努力では何ともならないことは、仕方がない、で済ませる。諦める。それは、いろいろなことに諦めて生きてきた宏紀の究極の結論だった。

 両親の離婚、実の母に置いてきぼりを食ったこと、父が家に帰ってこないこと、恋人と別れること、独りぼっちになること。

 全部、仕方がないことだから、って諦めて前向きに考えて、そうやって中学時代を乗り切った宏紀は、だからこそ、父親が恋人同伴で戻ってきたことも、恋人とよりが戻ったことも、当然とは思わず、思わぬ幸運と考えている。

 僕にはそう簡単には諦められないから、いろいろ足掻いてしまうけれど。それは、僕にはまだ、諦めるより先にやるべきことがいろいろと残されているからで。努力は惜しんじゃダメ、努力する方策も見つからなくなったら、そのときは諦めてしまえば良い。それが、宏紀が僕に言った言葉だ。

 聞いた時はね。宏紀はもう、すべてを諦めていたから、説得力がないって笑ったんだけれど。

 今はわかるよ。出来ることがあるなら、その努力まで諦めちゃダメなんだって。

 だって、家族と連絡は取れるし、いつだって家に帰れるのに、和解の努力もしないで逃げっぱなしっていうのは良くないよ。今すぐは無理でも、お互いに歩み寄りたいよね。

「松実は偉いよなぁ。こんなに苦労しても、それでも家族と和解しようとしてるところが、凄いと思う。それに比べて、うちの兄貴は……」

「何だよ。連絡は取れるし、こうやって帰っても来るだろう? 婿入りしたんだと思って諦めろ」

「実際、うちの婿殿だしね〜」

 うふふっと幸せそうに宏紀は笑っていた。一時期の、この世の不幸をすべて背負い込んだような悲壮さは、欠片も見えなかった。

 それだけでも、良かったなぁって思うんだ。自分のことはまだ解決しないけれど、親友が幸せになってくれるのは本当に嬉しくて。

「あ。ってことは、宏紀って義理の兄弟になるわけ?」

「あぁ、ホントだ。これからも末永くよろしく」

「こちらこそ」

 本来血の繋がった兄弟はそっちのけで、嫁同士が仲良く挨拶を交わすのに、かっちゃんもすくちゃん先輩も意外と好意的で、にこりと優しく笑う。

 階下から、ご飯よ〜と呼ぶお母さんの声が聞こえてきた。





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