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 僕の荷物はかっちゃんの部屋。すくちゃん先輩の部屋を貸すと言われたんだけれど、遠慮したんだ。どうせ、日々の生活はかっちゃんとぴったり一緒だし。下心を言えば、エッチもしたいし。

 合宿に持っていったスポーツバッグに、出しっぱなしだった勉強道具を詰め込んでいると、かっちゃんが手伝いに来てくれた。泣いているように見えたのか、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

 でもね。僕は泣けないんだ。うちの女たちに「泣くんじゃない、男だろ」って言われて育ったから。今では感動する場面でも涙は出ない。便利だよ、ハンカチやティッシュが必要な場面が一つ減った。

 でもね。悲しいと、身体が少し震えてしまうんだ。立っても座ってもいられなくて、かっちゃんにしがみつくしかできなくて。

 ぎゅって抱き合っていたら、開けっ放しだった部屋の戸がノックされた。慌てて離れようとするんだけれど、かっちゃんは放してくれなかった。

 それは、かっちゃんのお父さんだった。

「松実君。それで、良いのかい?」

 本気で心配してくれるその声に、僕は何も答えられなかった。ただ、頷くしか出来なかった。

 だって、これ以上の迷惑はかけられないんだ。何も解決していない、どころか、事態は悪転してるけど、だからこそ、これ以上この家を巻き込めなかった。

 そうして頷いた僕に、お父さんは視線を合わせるようにしゃがんで、至極真面目な表情をした。

「これは、医者として言わせてもらうよ。今、君が我慢することで、君にかかる負担は今まで以上に大きなものとなるはずだ。私たちはどうやら君のご両親に悪い印象を与えてしまったようだから、ここに来ることも禁じられてしまうかもしれない。
 今現在でも、君にかかっているストレスは重いんだ。その上、発散できる場所を一つ、失うことになったら、君は潰れてしまうのではないかと、心配でならないよ。
 君のように若い年頃で、神経性の病気を患って病院に来る子は、みんなストレスの発散場所を失っているんだ。ましてや、夏の試合が終われば部活という一つの場所を失う。そのうえ、この家まで失うことは、私には勧められない」

 ここに来られなくなる?

 それは、考えてなかった。そうか、そうだよね。そういえば、宏紀の家に遊びに行くことも、禁じられていたんだ。ありえない話じゃない。

 でも。どうしよう。今ここでごねても、両親のこの家に対する不信感は募る一方だし。

 どうしたら事態を収束できるのか。僕にはもう、わからないよ。

 軽いパニックに陥りかけた僕を、救ってくれたのは、かっちゃんのぬくもりだった。ぎゅっと、力づけるように抱きしめてくれる。自分はここにいると主張するように。

 肩に顔を埋める僕のこめかみに、優しいキスが落ちてきた。

「親父。何とかできねぇの?」

「何とかしてあげたいけれどね。何をするにしても、ご両親の了解を取れる方策でなければいかん。固まった概念をもたれているご両親だからね、状況は少し難しいかな」

 確かに。

 悪い人たちではないんだよ。僕だって、顔も見たくないほどに嫌っているわけではない。ただ、凝り固まった彼らの概念を覆さないと、僕は生きていくのが困難だ。親友は不良少年、自分自身も同性愛者。どっちも、彼らの許せない種類の人間なんだから。

 だったら、その不良少年とはきっぱり縁を切って、自分は女の子を好きになるようにすれば良い。っていうのが、両親の考え方。それを、僕に押し付けようとする。

 でも、僕にはそれは受け入れられない。宏紀は僕の人生観を確立する上で多大な影響を及ぼしてくれた大事な親友だし、かっちゃんはこんな難しい状況でも一緒に乗り越えようとしてくれる大事な恋人なんだ。

 そりゃ、いろんな人がいろんなことを考えて、世の中が作られているのは良くわかってる。両親の固定的な考え方がいけないことだとは思わない。ただ、それが僕とは合わないだけの話なんだ。

 なんだけど、だけ、で済むレベルでもないんだよね、これが。

「ご両親は、きっと考え方を変えてはくれないだろうと思う。うちの奥さんだって、元々は松実君のご両親と考え方は同じで、正しい人生良い人生明るい未来を思い描いて子供を育てていたよ。
 ただ、うちの場合は、長男が結局足を踏み外してしまって、いろいろあって懲りたから、あれだけの放任主義に落ち着いた。その間の紆余曲折は、私もそばで見ていたからね、簡単なことではなかったのはわかっている。同じことをご両親に求めるのは、難しいだろうね」

「でも、それじゃ、松実はどうなるんだよ。このまま親の押し付けに押し潰されるのを黙って見てろって?」

「いや、そうじゃない。現状では、ご両親と松実君では考え方が相容れない状況なんだ。なら、双方が納得できる形で、少し距離を置くべきだと思うよ。問題は、その方法だ。松実君も今年は受験だし、早いうちに解決しなくては、受験勉強に障るだろう。かといって、急いては事を仕損じる。はてさて、どうするか」

 息子の恋人と言っても所詮は他人のことなのに、お父さんは真剣に悩んでくれる。それは大変申し訳ないことなのだけれど。今までは、僕のことをそんな風に真剣に考えてくれる人なんていなかったから、とても嬉しかった。

 いなかった、っていうのは、もちろん、両親姉三人を含めて。姉たちにはある程度真剣に相談に乗った時期とかあったのかも知れないけれど、さすがに子供四人目になれば、親も手を抜く。まして、僕は男の子にしては手のかからない子供だったからね。僕の主張なんて、今更何とも思っていないに違いない。

 そして、お父さんは僕に向かって、これまた思ってもみなかったことを言った。

「いっそのこと、うちの子になるかい? 松実君さえ良かったら。どうせ忠等はこの家に帰って来る気もないんだろうし、その分部屋は余ってる。うちの奥さんも喜ぶよ」

「……両親が、納得するとは思えません」

「うん、そうだろうね。だから、一時的に預かるように、形を整えよう。
 医師として診断書を作成してしまおうかと思っていたんだ。今の松実君の状態はね、過ストレスによる神経症として、立派に病名が付けられる状態なんだよ。ただ、君自身が心の多様性を持っているから、ストレス負荷を軽減できてしまっているに過ぎない。
 目に見える症状となって現れてこないだけで、大変な負荷を負っているのは確かなんだ。ポキリと折れてしまう前に、軽減してやらなくてはね。言葉のあやなどでなく、本当に潰されてしまうよ」

 精神科の専門ではないのに、お医者さんの台詞ってどうしてこう信頼できるんだろう。不思議だ。

 病気、と聞いて、かっちゃんはさらに不安そうな表情になったけれど。

「良いんですか?」

「何だったら、大学もうちから行っちゃう? そんな選択肢もアリだよ。うちは、松実君を本当の息子のように思っているからね、無理をしないで、私たちをもっと頼って欲しい。ね?」

「……はい」

 ね?って念を押されて、僕は思わず頷いた。それを了解と取ったのだろう、よし決まり、とお父さんは笑った。

 その父親を、かっちゃんは見上げて、ニヤリ、と不適な笑みを見せた。えっと、それはもしかして、何か企んでるね?

「親父。嫁にもらう、って手もあるぞ」

「嫁? 松実君を、かい?」

「プロポーズした。ついさっき。オッケーももらったよ」

「ほう。それは良い。高校卒業を機に籍も入れちゃうかい?」

 え?

 男親としては、反対すると思ってた。うーん。祝瀬家の皆さんは揃いもそろってノリが良い。これも、すくちゃん先輩の功罪なんだろうか。

 かっちゃんのその情報から何を思いついたのか、お父さんはふっふっと不気味な笑いをして、任せておきなさい、と胸を叩き、部屋を出ていった。

 僕は、呆然と見送るしか出来なかった。





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