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 予定より随分長い間のシャワータイムを終えて、ちょっぴりのぼせた状態で、リビングへ行くと、途端に祝瀬のお母さんに睨まれてしまった。ごめんなさい、反省してます。でも、勝ち試合の余韻昇華ってことで、大目に見てもらえると嬉しい。

 母親に睨まれても悪びれることもなく、かっちゃんはお客さんにぺこりと頭を下げると、台所へ直行してしまった。麦茶入りのグラスを二つ作って戻ってくる。ってことは、もう一つは僕のだね。ありがとう。

 いざという時には本当に頼りになるかっちゃんのお父さんは、こういう時には威厳があって頼もしいと思うのだけれど、その堂々とした態度で、僕に唯一空いている一人掛けのソファを示し、座りなさい、と言った。

 もちろん、今はまだ他人だけれど。実は実の父親よりも父親として認識している彼の言葉に、僕は素直に従った。

 かっちゃんはちょっと離れて、ダイニングの椅子に腰掛けた。クーラーは効いているけれど、全然足りなくて、うちわを扇ぎながら。

 良いなぁ。僕もうちわが欲しい。頭が茹っちゃってる。

「さて。落ち着いたかい? 松実君」

 他人様の家ではさすがに緊張している両親の代わりに、お父さんがそう言った。

 こくり、と頷いた目の端に、姿勢を正す両親が映る。

「すみません。お待たせしました」

「待たせてるのはわかってるんだから、急いでね? 克等、お前が原因だろう?」

「うん。ごめん」

 多分、声も聞こえていたはずだから、かっちゃんは誤魔化そうとはしなかった。素直に罪を認めて謝ってしまう。謝られてはそれ以上咎められず、お父さんは苦笑してこちらを向き直った。

「さて、貝塚さん。息子さんに言いたいことがあるとか。どうぞおっしゃってください」

「いや、他人様のお宅で言うべきことではありません。お気遣いありがとうございます。息子がお世話になりました。松実、帰る支度をしなさい」

 落ち着いたお父さんの影響なのか、うちの父親も落ち着いた声色で、そのわりに高圧的に、そう答えた。もちろん、僕は彼らの息子だから、高圧的な態度は当たり前だけれどね。

 でも、今回ばかりは従うわけにはいかないんだ。それでは、何も解決しない。僕の肩身が狭くなるばかりだ。

「その前に、言うべきことがあるでしょう? ちゃんと非を認めて謝ってくれなくちゃ、帰らないよ」

「何を訳のわからないことを。帰ってからゆっくり聞くから。帰る支度をしなさい」

「嫌っ」

 訳のわからないこと、だってさ。まったく、自分の息子を何だと思ってるんだ。

 今回は、自分の気持ちはちゃんと主張してるし、謝るまで帰らないと宣言している。それに対して、親として妥協するつもりがないのなら、帰らなくて当然だ。

 っていう、子供の主張なんて、どうせ揉み消されちゃうんだよね。養育費を盾に取られれば、抵抗の余地はない。そこまでする親だとは、思いたくないけれど。

 僕と父親のやり取りを黙って聞いていたお父さんは、僕がぷいっと横を向いたことで止まった会話に、口を挟んだ。絶妙なタイミングだった。

「貝塚さん。息子さんの言葉を聞いてあげて下さい。けして理のないことを要求しているわけではないですよ」

「祝瀬さん。申し訳ないが、口を出さないでいただけませんか」

 父の反応は、即答だった。考える余地もないらしい。

 仕方がない。親に従うのも子供の義務。諦めようか。

 思わず深い溜息をつき、僕は立ち上がる。荷物をまとめるために。

 その僕を見上げて、初めてお母さんが反応を見せた。首を振ったんだ。従ってはダメだ、というように。

「松実君に家出するよう唆したのは、私です」

 両親には衝撃の告白だったのだろう。ぎょっとした表情が、お母さんに向けられた。視線を受け止めて、お母さんは堂々としていた。頼もしいほどに。

「松実君は大人しいから、自分の主張を押し殺して我慢していたんでしょう。爆発寸前だったので、ガス抜きをしてあげたんですよ。でも、それは本来、肉親の仕事ではないですか? 松実君のことは、普段から家族同然に接しさせていただいていますから、かえって気になっちゃって」

 苦しかったのよね、と僕にお鉢を向けられて、僕は俯いた。頷きたかったんだ。でも、両親のプライドを考えたら、簡単には頷けなくて。顔を下に向けて、そのまま起こせなかったんだよ。

 咎めるような、親の視線が痛かった。

「それは……。お宅の思い込みではないですか? 別に私たちは松実に自分の主張を我慢しろと強制しているわけではありませんし。松実が自分でそう判断したのでしょうから」

「我慢しろとは言わなくとも、主張を全否定されれば同じことですよ。今回の件については、松実君自身に非があるわけではない。ただ、友達の一人に、少し荒れた過去があると、それだけのことでしょう? それを毎度引き合いに出されれば、嫌にもなりますよ。まして、自慢の親友のようですし」

「荒れた過去というなら、うちの長男も同じです。中学生時代には不良たちと付き合っていた。けれど、今は京都大学で勉学に励んでいますよ。私たちにも自慢の息子です」

 あぁ。他人の弁護がこんなにも嬉しいなんて。僕の気持ちをそのまま代弁してくれて、こちらの夫婦には僕をちゃんと理解してもらえてるんだなぁって、実感する。

 それに、ダイニングの方ですっかり他人の顔をしていたかっちゃんまでが、僕を庇ってくれた。

「あのさ。その『不良の子』って言われてるヤツ。うちの学校で主席張ってんの、知ってる? 一度や二度じゃなくて、入学してから今まで一度も学年一位の座から落ちたことがないんだぜ。まっちゃんには自慢の親友なのも道理だと思うけど?」

 かっちゃんにとっても仲の良い友人の一人だし、この家の長男が一生を誓った恋人だ。僕同様、お父さんにもお母さんにも可愛がってもらえているのを、僕は知っている。だから、この家の人にとっては、宏紀を貶すことは、うちの嫁を貶すことと同義なんだ。

 お父さんとお母さんは僕を弁護してくれるけれど、かっちゃんは僕の親友を弁護してくれて。僕が怒っているのは親友を貶されていることに対してなんだから、宏紀を守ってくれるその言葉が今はとてもありがたい。

 そうなんだよ。宏紀は、確かに地域でも有名な不良グループのリーダーだったけれど、今でも伝説の総番って感じだったりするけれど、本人は至って真面目な天才少年なんだからさ。

 宏紀の影響で悪いことに手を染めたことなんて、今まで一度だってないし、宏紀の影響で僕の考えが改まったり、ちょっぴり大人な考え方ができるようになったり、良い事ずくめなんだ。

 その親友を遠ざけることって、害はないけど利もないんだよ。

 いや、害はあるか。今まで宏紀にもらっていた良い影響を奪われるわけだから。

「ですから、申し訳ないが、口を出さないでいただけませんか。大体、自分の息子が不良だったなんて、自慢できる話ではないでしょう?」

 ありゃ。成績優秀でも将来有望でも、過去に不良少年だった事実があれば、すべて相殺されてしまうのか。うちの両親は、手強いらしい。

 仕方がない。どうせ大学を出るまで後四年。耳を塞いで頑張ろう。

 思わず深い溜息を吐いて、がっくりと肩を落として、僕はそこを立ち上がった。

「すみません。荷物を取ってきます」

 すみません、は、もちろん祝瀬のお父さんとお母さんに対して。気遣うように僕の名を呼ばれ、苦笑を返した。





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