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 祝瀬家での生活は、四日目に突入。その日は、日曜日だった。

 俺たちサッカー部は、都大会の第二試合で、その日は八王子に行っていた。中央線一本、意外に近い。

 疲れた体を引きずるようにして、駅前駐輪場に預けておいた自転車で祝瀬家まで帰ると、家の前に見慣れた車が一台、停まっていた。

「あれ? お客さんだ」

「うちの父親の車だよ、これ」

 ガレージに自転車を並べながら、僕は少し苦い表情を隠しもせずに、そう言った。その証拠に、ナンバープレートは「宮城」と書かれてあった。父の単身赴任先だ。

 つまり、僕を迎えに来たのだろう。

「宮城から、駆けつけてくれたんだ? 親父さん」

「みたいだね」

 答える僕の声は、思ったよりも冷たかった。

 単身赴任も、三箇所巡って、合わせて十年になる。僕の今の歳は十七歳。小学校に上がる前から、父親は家にいなかった。

 だから、というわけでもないのだけれど。父親に対して、親への愛情を感じられない。僕にとっては、他人だった。その人がわざわざ帰ってきたからといって、これといった感慨は無い。むしろ、事態を力技で沈静化させられそうな、嫌な予感でいっぱいだ。

 あまり嬉しそうじゃない僕に、かっちゃんは少し不思議そうだったけれど、元気付けるように頭を撫でてくれた。それで本当に元気になるんだから、僕って現金だ。

 ただいま、と声をかけて玄関をくぐると、そこにひょいと顔を出して迎えてくれたのは、祝瀬家の大黒柱だった。

「お帰り。松実君にお迎えだよ。……なんだけど、まずはシャワー浴びてさっぱりしておいで。二人とも汗だくだ」

 試合で汗びっしょりになった上に、今日試合をしたそこはシャワー付きの更衣室なんて贅沢なものはなくて、汗をタオルで拭き取って着替えてきただけだったから、二人ともとても汗臭いのだ。で、さらに自転車なんて漕いで帰ってきたんだからね。この炎天下を。

 リビングの横を通る時に、ちらりとその中を覗いたら、和やかな様子でお茶を楽しむ祝瀬夫婦と、向かい合って緊張した面持ちのうちの両親が見えた。

 すごい、対照的。それはそれで、感心してしまう。

「なんていうか、お父さんもお母さんも、肝が据わってるよね。うちの両親を見てると、なんか恥ずかしい」

「あぁ、でも。あれ、うちの兄貴のせいだと思うぞ」

「すくちゃん先輩の?」

 苦笑を浮かべながらの意外な答えに、僕は首を傾げる。いつものように、二人揃って服を脱ぎながら。

 そう、と簡単に頷いて、かっちゃんはお風呂の戸を開けた。

「うちの兄貴さ。中学生の頃、番張ってたんだ。ひろと同じように。知ってる?」

「うん。宏紀の先代だもん。っていっても、ほんのちょっとじゃない? 半年も無かったと思うけど」

「だね。ほんのちょっとの間だ。この家建てて引っ越したから。で、中学が変わったら人が変わったように真面目に勉強し始めてさ。うちの学校、主席で合格したんだ」

「うわ〜。主席? すご〜い」

 それは初耳。確かに、すくちゃん先輩の成績はものすごく良い。宏紀と違って過去を引きずっていないから、内申点まで非の打ち所がなかったらしい。今では伝説の生徒会長として語り継がれているくらいだ。

 そんな人だから、中学時代に不良だったなんて話、誰も信じないと思うけど。まぁ、僕は目の当たりにしてるしね。

「それが、原因なんだよ。あの落ち着きぶり。放っておいても子は育つ、を兄貴が実証してくれちゃってさ。息子たちには必要以上の干渉はしない。一人の人間として認めて、子供の意思をちゃんと確認することにしたんだってさ」

「信頼されてるんだ?」

「まぁね。でも、可愛げがない、ってよく言われる」

「あはは。確かに、あんまり可愛げはないよね」

「だーかーら、松実を可愛がるんだよ、あの二人は。素直で可愛いんだとさ」

 拗ねたようにそう言いながらも、恋人を両親が可愛がるのは嬉しくもあるんだと思う。表情は楽しそうで、僕の頭からシャワーをかけた。

「……今日、帰る?」

 僕の身体をくまなく濡らしてシャンプーを頭に擦り付けながら、今度は寂しそうな声でそう言われて、僕はお返しにかっちゃんの身体にシャワーのお湯をかけながら首を傾げる。

 だって、わからないし。両親が何を言うかで、僕の対応は決まってくるんだ。

「帰っちゃったら寂しい?」

「まぁなぁ。プロポーズする前から嫁をもらっちゃったみたいなモンだったから、余計な。松実がいつもそばに居ることの幸福感を思い知っちゃったよ、俺」

「幸せだった?」

「めちゃくちゃ。あぁ、俺には松実が必要なんだなぁって、再認識した」

 必要、なんだ。

 それは、すごく嬉しい。好きな人に必要とされる幸福は、何物にも代えがたい。

 宏紀とすくちゃん先輩の関係が、羨ましいなぁって思ったのも、そのお互いの信頼感だった。頼りにしてされて、お互いに支えあってるのが目に見える。

 そんな関係を、僕も恋人と築けたら良いなって思っていたけれど。だから、かな? 必要とされるのが嬉しかった。

「なぁ。うちに嫁に来ないか? って、男に嫁はないか」

 うーん、何て言うべきか、なんて悩むかっちゃんに、僕は笑っちゃった。もう、冗談みたいに簡単に言われたけれど、それがかっちゃんの真剣な言葉だってことは良くわかってるんだ。

 簡単な言葉だけれど。これ以上ないプロポーズ。それも、お互いに身体を洗いっこしながらっていうこの状況で。矛盾とギャップが、面白い。

 面白いのは良いことだよ。心が穏やかになる。

「良いよ」

「……でもなぁ、何て言うんだろ? ……って、え?」

 あぁでもないこうでもないとブツブツ呟いていたかっちゃんにとっては、不意をつかれた形だったんだろう。びっくりした顔で見返されてしまった。

「良いよ。僕、お嫁に来る」

「ホントに!?」

「……何でそこで驚くかな。元々そのつもりなんだけど?」

 お母さんと嫁姑漫才したのは、ほんの数日前だよ。忘れるほど昔じゃない。

「冗談だと思ってたよ」

「微妙に失礼だよ、それ。僕なんか、いつプロポーズしてくれるのかなぁって、けっこうワクワクしてたんだけどなぁ」

 からかうような言葉でちょっぴり責めてみる。

 僕は多分一生、自分から恋をすることはないし、今現在かっちゃんしか見えてないんだから、気持ちは固まってるんだ。かっちゃんが他の人を好きになる可能性は大いにあるけれど、それだって、彼の気持ち一つで。だから、僕たちの関係は、かっちゃん次第っていうことに自ずとなるわけ。

 プロポーズをしてくれたっていうことは、きっと気持ちは固まったんだろう。僕の唯一の恋が一生物になるのなら、僕に否やを言う選択肢はない。

「本当に良いのか? 嫁ってことは、嫁ってことだぞ?」

「……かっちゃん。それ、意味がわかんない」

 何か意味があってそういったんだろうけど、だって、嫁ってことは、そりゃ、嫁以外の何者でもない。わざわざ言うだけの理由が、伝わってこなかった。かっちゃんも、説明しにくいのか、うーん、と悩んでいる。

 って、かっちゃんの手。どこいじってるかな。そんなに揉んだら反応しちゃうでしょ、って。

「だからぁ。……松実、長男じゃん?」

「あぁ、家の跡継ぎのこと? 僕、元々跡継ぎする気ないから、結果は一緒だよ」

 大体、三人も姉がいて、僕の権利なんて皆無に等しい。権利もなく義務だけ押し付けられるのは、割に合わないよ。

 っていうか、だから、かっちゃんってば。エッチなその手を止めて。

「ね。ダメ……」

「ごめん。止まんない」

 まだ泡だらけの身体を摺り寄せて、ぎゅっと抱きしめられれば、その下腹部でとっくに元気になっているそれが、背中に当たった。

 試合で闘争本能が活発になっちゃってるせいかもしれない。それは、僕だって同じだから、反応してる場合じゃないんだけど、勝手に気分が高まってしまう。
 泡をまとった指が乱暴に僕の中を暴いていく。それが、とても気持ちが良い。慣れてしまえば、指の一本じゃ全然足りない。

「声、我慢して」

 耳元で囁かれて、コクコク頷きながら、その声そのものにもまた煽られて。

 喘ぎ声なんて、意識して出しているわけじゃないんだから、我慢したって出ちゃうわけで。止めるには口を塞ぐしかない。

 片方の手でバスルームの壁にしがみつき、片方の手で自分の口を塞ぐ。力強く腰を抱き寄せられて、ぞくりと背筋が凍った。

 僕の身体のことなんて隅から隅まで知ってるくせに、一番気持ち良いところをわざと避けるから、僕はおねだりするように腰を振る。くっくっと笑われても、拗ねるだけ。だって、最後にはちゃんとくれるって、わかってるから。

「エッチだなぁ。そんなに欲しい?」

「人待たせてるんだから、焦らしちゃダメ」

 かっちゃんだけ冷静なのはなんだかむかつくんだけど。はぁはぁって荒い息を吐いてしまうのは仕方がないんだ。感じてる証拠なんだから、許して欲しい。

 そうだった、と呟くのは、もしかして冷静なように見えても夢中になってくれてるせいだろうか。泡のぬめりも手伝って、欲しかったモノが中に入ってくる。

 後ろからされると、気持ち良いところに直接当たるんだよね。思わず悲鳴を上げかけて、慌てて口を閉じた。泡だらけの手で僕のモノも擦ってくれる。それが天にも昇るような心地良さで。

 膝の力が抜けそう。お願い、早く終わって。

「……中に」

「出してぇっ」

 あぁっ。

 やっぱり堪え切れなかった声が、風呂場で反響してしまう。

 うーん。怒られちゃうかな?





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