4




 夜遅くなって帰ってきたお父さんは、事前に僕の家出のことは聞いていたらしい。夏休み中に解決すると良いなぁ、とまるで他人事のように感想を述べてくださった。

 出来れば一週間のうちには解決したいと僕なんかは思う。生活費、出せないんだよね。夕飯ご馳走になってるし、食費だけでも、ってこの間申し出たら、変な遠慮するんじゃないの、って怒られちゃったんだよ。さすがに、スポーツやってる手前、小食とは言い難く、申し訳ないと思うから。

 高校三年生の夏休み。本来なら、予備校にでも通って受験戦争真っ只中な態度でいるべき僕は、他人の家にご厄介になっている身分だ。なぜか、家にいる時より勉強が捗っているのは、まぁ、気にするのは止めておこう。

 祝瀬家にお泊りした次の日は、普通のサッカー部の練習日。都大会が近いからね。僕たちはこれが最後の年だから、悔いのないように全力で臨みたい。珍しく、宏紀もやる気十分だし。

 高校に入った当初はプロを目指していたかっちゃんだけれど、いつの間にか夢が変わったらしい。今は僕と一緒に大学受験の準備に追われている。どこに行くのかと聞いたら、受かるまで秘密、だって。けちだねぇ。

 僕は、教職目指して教育学部に進む予定。ちょうど僕が大学を卒業する頃、団塊の世代が大量定年を迎えて、先生不足になる予定なんだ。今は先生なんて就職難だけれど、僕が就職活動する頃には引く手あまただと思う。

 しかしまぁ、この少子化の世の中で教職員不足が懸念されるなんて、今まで教育委員会は将来設計してなかったのか?って思うけどね。そういえば、小学校でも中学校でも高校でも、年寄りの先生の比率が多かった印象があるんだ。あれが一気に定年になったら、そりゃ人手不足だろうよ。

 教員という選択は、カウンセラーになりたいという夢の実現手段の一つだったりする。今はスクールカウンセラーなんて職業があるらしくてね。僕が狙っているのはそのあたり。宏紀と同じように心に傷を負った学生さんを助けたい、っていうきっかけなんだから、ぴったりでしょ?

 そういう将来の目標に向かって、今は部活を頑張っているところなんだ。僕は不器用だから、一つ一つ片付けていくしか出来ないからね。

 サッカー部では、都大会に向けて猛練習をしながら、僕たち三年生と二年生の部長副部長が顔をあわせて、休憩時間に次のキャプテンと部長の選出相談をしているところだった。

 僕たちの世代で言うと、二年の時の部長は相沢だったし、今のキャプテンは根岸だ。チームの柱は一番個人プレーに秀でているかっちゃんなんだけど、部長だのキャプテンだのの重責は負えない、って辞退しちゃったんだよ。宏紀はマネージャーだからってパスしたし、僕にはお声がかからなかった。良くも悪くもその他一般の中なんだ、僕の立ち位置はね。

 何に揉めているのかといえば、来年の部長選出の方で。部長は、年度末で代替わりする。三年生は引退試合と受験に専念しなさい、というわけだ。だから、今焦って決めることでもないのだけれど。

 本来、部長の選出は前の代の部長にほぼ一任される。けれど、今年の一年生はなかなか難しい。突出した才能がいまだ見出せないんだ。僕たちの代でいうところの、相沢の事務能力やかっちゃんの個人プレー技術、根岸のみんなを盛り上げるカリスマ性みたいなものが、そろそろ見え始めても良い時期なのだけれど。

「部長って、けっこう責任力とかも必要でしょう? とすると、前園とか加西とかかなぁ。って思うんだけど、どう?」

 宏紀は何らかの長になった経験こそないけれど、これでリーダーシップの力は疑いようがない。何しろ市内の不良中学生を束ねたボスだからね。

 それは、人を見る目も同時に保証していて。僕もその人選には頷いた。けど、相沢は納得がいかないらしい。

「責任はそうかもだけど、部長の仕事ってようは代表者でさ。書類書けなきゃお話になんねぇんだよ。とすると、小田が適任じゃないかと思うんだ」

「けど、他のみんなを引っ張っていく旗印の役目なら三葉だろ」

 そうやって異論を唱えたのは根岸だった。うちの代でいくと、執行部はこの三人、って自然に決まってたからね。全然問題が発生しなかったんだ。実際、他のみんなも会話には参加しているけど、自分の意見はほとんど言わないし、そもそも思いつかないんだよ。この三人みたいに人を見る目なんてないからね。

 先輩たちの話を聞いていて、二年生の二人はさらに悩みこんでしまったらしい。腕を組んで唸っている。

 これが、現在僕たちの頭を悩ませている、問題ごとだった。去年悩まなかっただけに、けっこう難しい。

「それにしても、まっちゃんが家出とはねぇ〜」

 今まで真面目な話をしていたはずなのに、突然しみじみとそんな風に言われて、僕はさすがにびっくりして目を見張った。二年生の二人は向こうへ行ってしまっていて、いつの間にやら話し合いに一段落着いていたらしい。

 たまに物思いにふけってしまうのも、悪い癖だよね。

「とはね〜って何で?」

 それが、宏紀とかかっちゃんとかに言われるなら、僕を僕以上に良く知っている人たちだから、ねぇ、と一緒になって感心するのだけれど。それを言ったのは、根岸だった。まぁ、試合中も司令塔の役目な根岸だから、みんなのことを良く見ているのは知っているけれどね。

「だって、ひろの親友なんて思えないくらい、真面目キャラでしょ? ひろの知り合いと普通に話せる妙な度胸もあるけどさ」

「妙な、は余計でしょ。でも、うん。家出するなんて、僕自身思ってなかったよ」

 何しろ、かっちゃんとお母さんに促されなかったら、家出なんて手段をそもそも思いつかなかった。

 隣で、かっちゃんは実に楽しそうに笑っていた。反対の隣では、宏紀が少し申し訳なさそう。

「僕のことで何も家族と喧嘩することないのに」

 まぁ、そんな風に言うだろうとは思ってたけどさ。

「あのねぇ、宏紀。僕はね、じじいになって宏紀と縁側に並んで座って日向ぼっこしながら茶ぁすするのが夢なんだから。人の夢奪わないでね?」

「あ〜。いいねぇ、それ。俺もそれ目標にしようかなぁ」

 とっても和やか〜なイメージが僕と宏紀の頭上に展開する。ほわん、と夢見てしまう僕たちを、周りのみんなは少し呆れたように見守っていた。

 僕たちが歳のわりに老成してしまっているのは、とっくに知られていることでね。

「爺むさい夢だなぁ」

「俺たちまだまだ若いんだよ? 半世紀後の夢語ってどうすんのさ」

 確かにまだ高校生。半世紀後にどうなっているのかなんて、未来の歴史を含め、誰のもわからない。でも、僕と宏紀は顔を見合わせ苦笑するんだ。

「一生涯の締めをまず固めて、で、その間をどう生きるのかが自由選択なんだと思うよ」

「行く末が定まってると、とりあえず目標が出来るじゃない? 中長期の目標を立てて、短期目標を考えるのが賢い人生設計というものさ」

「だから、まだ高校生だって。せめて長期目標は就職くらいにしとこうよ」

 僕と宏紀の意見が合ってるのには、もちろんわけがある。これ、中学生のときから宏紀と話し合ってたんだよ。宏紀のカウンセリングを兼ねてね。

 呆れたように突っ込みを入れた相沢は、言ってから、そういえばすでに宏紀は仕事を持っていたことに気づいたらしい。あ、と気づいて、そのまま黙り込んでしまった。宏紀本人は気にせずにくっくっと笑っていた。その仕事が、どうしてもと望んで就いた職業ではなく、なんとなく、がきっかけだったせいなのだろう。だから、全然気にしないわけ。

 とにかく、話が横にそれてしまって、それを元に戻すべく、だと思うけど、根岸はまた、僕の顔を覗き込む。

「家族が嫌になった?」

「別にぃ〜? 家が苦手なのは昔からだし、今更でしょ」

 そう。家が苦手なのは、本当に昔から。何しろ、父が単身赴任で留守にして、すでに十年が経っている。母一人姉三人の家に僕が一人だけ男って、肩身の狭いことこの上ない。

 でも、家出をしようとは思わなかったんだ。今まではね。いくら女は強いといっても、男手が欲しいタイミングはいくらでもあるし、そういう時に頼ってもらえれば、まぁしょうがないか、って気にもなる。不必要なくらい可愛がられるのは鬱陶しいけれど、そろそろ慣れたし。

 そんな中で、一個だけ我慢できなかったのが、彼女たちの宏紀に対する評価なわけ。恋人よりも家族よりも、老後の自分のそばに位置付けた親友だ。その彼の悪口を、しかも家族からこっぴどく言われるのを、黙って聞いているのには限界だった。

 マジでね。あんたらに宏紀の何がわかる!ってキレかけたことだって、一度や二度じゃないんだ。

 今はそれが、受験前で大会前の緊張によるストレスの二乗状態に上乗せされちゃってて。それが、今の時期に家出をした理由だったりする。

 まぁでも、家族にそんな遠慮しなくちゃいけないこと自体が、それってどうだ?って状況なので、遅かれ早かれ僕はキレちゃってただろうし、それを小爆発程度に抑えてくれた恋人には感謝してる。

 家が苦手、という話は、どうやらここでは初めてだったらしくて、みんながびっくりしていた。僕って、そんなにお坊ちゃん然としてるんだろうか?

「俺、まっちゃんってもっと家庭っ子だと思ってた」

「十分家庭っ子だよ? 中学までは、学校、サッカー、家の往復しかしてなかったもん」

 まぁ、その『家』も自分の部屋が主にいた場所だけどさ。

「んで? 家出して、後悔してないの?」

「みずっち。家出生活一日目で、後悔する?」

「……しねぇな」

 あはは、とみんなで笑って落ちがついたところで、宏紀がポンと手を叩く。

「さ、もう一試合して、帰ろう」

「相、かっちゃん、まっちゃん、みずっち、オール、ぞの、さく、殿下。あとは二年から適当に選んで白組。残りはタスキ組な」

 それは、紅白戦のメンバーのことだ。呼ばれた最初の方の五人はレギュラーで、他の三人は補欠。三年生が全部で17人いるから、全員をレギュラーにはできないんだよ。

 あ、いや、宏紀と今ここにはいないマネージャーを入れると20人ね。

 根岸のチーム分けに誰一人異論を唱えず、全員が元気に「おう」と答え、グラウンドに散っていった。





[ 109/139 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -