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 結局。

 一週間のサッカー部名物の過酷な合宿を終えた後、僕は祝瀬家にご厄介になることになった。

 予備校にも行っていないで学校と家の往復で生活が終始している僕には、携帯電話を持つという習慣がない。だから、居場所は知らせておきなさい、というお母さんの言いつけに従い、家の電話を借りて自宅に電話をした。

 三人の姉は、全員すでに働きに出ていて帰りも遅い。母は近所のスーパーでパートに出ていて、夕方の忙しい時間を過ぎた頃に家に帰ってくる。だから、部活を終えて祝瀬家に辿りつく時間には、母一人が家にいることになる。

 電話をしたら、案の定、電話口には母が出た。

『電話してくるなんて珍しいじゃないの。またお夕飯ご馳走になってくるんでしょ。ご迷惑にならないうちに早く帰ってくるのよ』

 名乗っただけなのだけれど。母の反応は、これだった。まぁ、ここのところ家でご飯を食べること自体が稀だから、当たり前の反応なんだけれど。そのまま、言いたいことだけ言って電話を切られてしまって、僕は思わず受話器を見つめてしまった。

 ちょうど通りかかったかっちゃんのお母さんは、僕がそんな不思議な行動をしているのに気づいて、そこで足を止めた。

「どうしたの? 松実君」

「あ、えっと。……用件言う前に切られちゃった……」

 実の息子としては実に情けない話だが。ちょっと、茫然自失。わざわざ電話を掛けたんだから、何かあると思ってくれ、うちの母よ。

 あんまりにもびっくりしている僕に、あらあら、と困った風に肩をすくめて、僕に手を差し出した。受話器を貸せ、ということらしい。その手に受話器を乗せると、もう片方の手に抱えていた洗濯物を床に降ろして、電話機のリダイヤルボタンを押した。

「松実君のお母様でいらっしゃいますか? 私、祝瀬克等の母でございます。いつも松実君には息子がお世話になって……。いえいえ、こちらこそ。それでですね。松実君が、おうちに帰りたくないとおっしゃっていまして、しばらくこちらでお預かりいたしますので、ご挨拶をと……。あぁ、はい。松実君に代わりますね」

 いや、すごい。さすが二児の母。強引さはもしかしたら女の強みなのかもしれない。思わず、そう思った。

 はい、と差し出されて、もう一度受話器を握る。「もしもし」の「も」を言った途端、向こうから怒鳴るような声がマシンガンの如く飛び出してきた。

『ちょっと、まっちゃん。何考えてるの! さっさとうちに帰ってきなさい。帰りたくないだなんてわがまま言って、そちらさんにご迷惑だって何でわからないの。子供じゃないんだから、まったくもう。やっぱりあんな不良の子と付き合ったりするからそんな非常識なこと言い出すのよ。いいわね? 早く帰ってらっしゃい!』

「……その、不良の子、っていうの、止めたら、帰る」

 まったくもう。そこに宏紀は関係ないだろって、思うんだけどね。僕が母や姉に逆らうと、何でもかんでも宏紀のせいになっちゃう。それが嫌なんだって、なんでわからないんだろう。

 宏紀なら、僕よりずっと真面目で素直な良い子なのにね。見当違いもはなはだしい。

『何言ってるのよ。そんな風にあんたが意固地になるから、毎度毎度口がすっぱくなるくらい……』

「だったら、宏紀を引き合いに出すことないだろ。僕と宏紀は関係ないの! 宏紀の悪口を言わないって約束するまでは絶対に帰らないからね!」

 おぉ、言った言った。そう小さく囁く声が聞こえて、そちらを振り返る。と、そこにかっちゃんが優しく笑って立っていた。ガシガシとタオルで頭を拭きながら、上半身裸で暑そうな湯気が肌から上がっている。つまりは、風呂上り。僕が電話をしなくちゃいけないから、先に入ってもらったんだ。

 お母さんは、足元に置いていた洗濯物入りの籠を抱え上げて、物干し場へ行ってしまう。二人分の合宿ですっかりくたびれた汚れ物を一度に洗ってくれたんだ。普段なら手伝うんだけれど、まだ電話中で。

 かわりに、手伝いに行け、とかっちゃんをお母さんのいるはずのほうへ向けて指差して促した。何も言わなくてもわかってくれて、頷いてそばを去っていく。

 すごい。以心伝心できるくらいになってたんだ。感動〜。

『……ちゃん! まっちゃん!! 聞いてるの!?』

「聞いてないよ。とにかく、帰らないから。謝るなら迎えに来てよ、場所は学級名簿にあるから。祝瀬さんのとこ」

 じゃあね。そう言って、直後にフックのボタンを押した。どうせ反論が返ってくるのはわかってるし、それを聞く気もないからね。

 居場所を知らせている分、家出としては上等だと思うんだよ。家族がどう思うかは知らないけれど、僕は、ね。

 受話器を置いて、僕も洗濯の手伝いに、二階の物干し場へ上がっていく。と、二人にそろって、シャワーを浴びて来いと追い出された。

 家では親の手伝いなんて滅多にしないけどね。ここにいると手伝おうと思う衝動が普通なんだ。不思議だと自分でも思うけれど。嫁の自覚かしら?





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