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こんな悩みは、恋人にしか言えなくて。
受験前で気が滅入ってしまっているんだろうとはわかるんだけれど。理解しているからと言って、気持ちが切り替えられるほど僕は器用ではない。だから、人見知りの赤面症もいまだに治らないしね。
相談したのは、一学期が終わった終業式当日。次の日からの夏休みで、憂鬱はピークだったんだ。
「というわけでね」
「じゃあ、うちに来るか?」
かっちゃんは、事も無げにそう言った。
そりゃ、確かにね。ご両親には僕たちの関係も認めてもらっていて、息子の恋人としてけっこう可愛がっていただいているし、居心地の良い家だからありがたいんだけれど。さすがにご迷惑だろう、と思う。
だから、僕は首を振るわけで。
「ご迷惑になるでしょ?」
「んなこと、ないだろ。俺や兄貴みたいな可愛げのないガキよりは松実が実の子だったら良かった、なんてことあるごとに言われてみな? ホントに連れてくるぞ、くそっ、て思うから」
「それ、喜ばせるだけなんじゃ……」
「そうなんだよ。大喜びだぞ、二人とも。恋人の俺が腹が立つくらい」
サッカー部の練習を終えた更衣室で、汗を拭っていたかっちゃんは、だからこそ現在半裸状態なんだけれど、そのままでぐいっと僕を抱き寄せた。楽しそうに笑いながら。
周りでぎょっとした表情をしたのは、一年生だけだった。
何しろ、僕とかっちゃんの仲は部内公認でね。あんまりイチャイチャすると野次が飛んでくるけれど、このくらいのスキンシップは日常茶飯事で、全然気にも留められないんだよね。
同性愛ってマイノリティなはずなんだけど。サッカー部の連中は、妙に理解がある。
「今日、うちに行って母さんに相談してみようぜ。親父は今日は夜勤だから、決定は出来ないけど、大人の意見も聞いてみるってのも手だろ」
「じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」
高校の位置的には、うちは徒歩圏内でかっちゃんの家は市内の端と端くらいに離れていて遠いのだけれど。学校帰りにそのまま祝瀬家にお邪魔するのは、すでに僕の中では普通。夜中に一人で自転車漕いで来た道を帰ってくるのが面倒だけれどね。
隣で聞いていた宏紀は、受験生の自覚ないんだから、なんて冷静な突込みを入れていた。
いやいや、大丈夫。かっちゃんの部屋でいちゃつきながらちゃんと勉強してるから。
僕たちの仲を認めてくれたかっちゃんのお母さんは、本当に僕を可愛がってくれる。週末にはお菓子作りに誘い出してくれるし、お買い物にもつき合わせてくれる。もうすでにお嫁さん扱いだったりするけれど。その気の使わなさがとても居心地が良い。
いつものように、こんにちは〜、と挨拶すると、ちょうど夕飯の支度をしていたお母さんは、手拭きタオル片手に玄関を覗き込んで、お帰り、と笑った。
「お邪魔します」
「またまた、松実君ったら。ダメよ、他人行儀な挨拶しちゃ。お帰りなさい」
もちろん、十分他人なんだけれどね。こんな反応が、すでに嫁扱いだと思うんだよね。
夕飯は、僕が来ることがすでに予定されているらしい。三人分の食卓を準備しながら、お母さんは僕たちに向かってこう言ってのけた。
「二人とも、先にお風呂に入ってきちゃいなさい。汗臭いわよ」
この「二人とも」は、二人同時にという意味だ。じゃあ松実が先に、と譲って見せたかっちゃんに、一緒に入れと命じて風呂に追いやった前例があるから、それ以来、素直に二人一緒にお風呂に入ることにしている。
自分の汗の臭いは気にならないんだけれどね、確かにちょっと汗臭い。ので、素直にその命令に従う。
のんびりイチャイチャしているとまた怒られちゃうので、二人で協力して、お互いに洗いっこして一緒にシャワーで泡を流して、1.5人分位の時間で風呂場を出た。
ダイニングテーブルには、今日の夕ご飯が用意されていた。カジキの煮付けが、良い匂い。
祝瀬家の男たちは、みんな煮魚が苦手なんだそうだ。僕は好きなんだけどね。で、お母さんは煮魚が好きなんだそうで、食の趣味が合うのも可愛がられている一因だったりする。
お母さんにも、親友を家族に嫌われて困っていることを話すと、さすがかっちゃんとすくちゃん先輩のお母さんというべきか、僕が思ってもみなかったことを言い出した。
「お母さんやお姉さんたちからすれば、不良として有名な子と友だちでいることで、松実君に悪い影響があるんじゃないかと心配しているのでしょう。松実君が友だちをかばうのは、松実君が素直な良い子だから抵抗できないんだと思ってるんじゃないかしら。可愛い末っ子が道を踏み外したらいけないもの、余計な心配をしてしまうのも、家族としては当然だと思うし。
だからね。松実君はもう自分で判断して行動できるくらいしっかり成長してるんだってことを、家族に思い知らせてやらなくっちゃ。いちいち世話を焼かれたら迷惑に思うんだってことをね、行動で抗議してやって良いと思うのよ。それもまた、子供の権利だと思うわ」
「……行動で抗議?」
「そう。たとえば、家出。うちにいらっしゃいな。うるさく言わないと約束しなくちゃ帰らない、って言ってやればいいのよ。うちなら大歓迎よ。遠慮しないでいらっしゃい。うちでお預かりしています、ってご家族にご挨拶しても良いわよ」
「ご迷惑じゃないですか?」
「あら、可愛い嫁が結婚前に同居してくれて、何を迷惑に思うの? いつまでだっていてくれて良いのよ」
えーと。結婚前に同居しちゃう嫁なんて、さすがにいないと思うんだけどね。
困ってかっちゃんを見やれば、実に楽しそうに笑っていた。
確かに、すでに嫁扱いされているとは思っていたけれど、まさかお母さんがはっきり「嫁」宣言するとは思ってなかったから、なんだかちょっと恥ずかしい。
「確か、サッカー部の合宿が来週あるわよね。その後、そのままいらっしゃいな。今年はお盆休みも出かける用事はないし。なんなら、そのままお嫁に来ちゃう?」
まだ高校生だという自覚のある僕は、お嫁に来るにしても大学卒業してから、と思い込んでいたから、お母さんの冗談にちょっとびっくりした。いや、えっと。たぶん、冗談だと思うんだけれど。
「って、嫁呼ばわりされて怒らないの? 松実君」
箸の先を咥えたままお母さんを見つめてしまった僕に、お母さんはちょっと落ち着いたみたいで、僕を見返してそう言った。けれど、それは僕の中では実に今更。
「全然かまわないです。そのつもりでしたし」
「まぁ、嬉しいわ。息子二人とも男の子を好きになっちゃって、うちにはお嫁さんは来ないんだって諦めてたのよ。克等、早くプロポーズしなさいな。松実君がお嫁に来てくれるの、待ち遠しいわぁ」
「僕も、望んでもらえるとすごく嬉しいです」
男の嫁なんてね、本当なら望まれるわけがないんだから。
僕の旦那に当たるかっちゃんは、そうやって嫁と姑が意気投合している様子に、まだプロポーズの言葉すら考えていないというのに気が早い、とでも思っているのだろう、困ったように苦笑して肩をすくめた。
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