親友と恋人と家族と 1 R18指定
高校の入学式の翌日。
オリエンテーションと合わせて行われた新入生歓迎会の会場で、僕はこれからの一年が僕の親友にとっての転機になることを知った。
珍しい名前だ。忘れようもない。
祝瀬忠等。
生徒会長だという彼は、歓迎会の冒頭、新入生である僕たちに、滑らかな口調で祝辞を述べていた。原稿はもちろん用意されていたけれど、ちらりちらりと見るだけで、ほとんど僕たちの方に視線を向けて語りかけていた。その弁論能力に、さすが親友が惚れた相手、と舌を巻いたものだ。
その恋を知ったのは、僕たちが小学五年生だった頃のこと。我ながら、早熟だと思う。
ちなみに、僕が男同士の恋愛が存在することを知ったのは、三人もいる姉たちの影響だし、それを親友が知ったのは、僕のせいだったりする。
それがきっかけで、家の近所で見かける二つ上のその人に自分が恋していることを知ったと言うのだから、親友の恋は僕にも責任があるわけで。
ラブレターを渡して、見事にその恋を成就させた親友は、そのときは実に幸せそうで、毎日イチャイチャぶりを僕に報告してくれていた。まさか、その時肉体関係がすでにあったとは知らなかったけれどね。
僕と親友の仲は、小学三年生の時からのもので、クラスメイトでもあったけれど、それよりも地元のサッカークラブで知り合った事のほうがきっかけとしては重要。母と三人の姉に猫可愛がりに可愛がられてすっかり女々しくなった僕と、広い家で一人ぼっちでいつ帰ってくるかわからない両親を待っていた彼と。全然タイプの違う二人だけれど、だからこそ惹かれあったのかもしれない。
出会ってすぐに意気投合して、親友になって。悩みも喜びも分かち合っていたから、もちろん、親友の恋は僕も応援していた。
二人が別れたのは、六年生の夏休みのことだった。だから、二学期になるまで僕は全然知らなくて、すっかり痩せてしまった親友に、心底驚いたんだ。
親友が地元の不良たちと付き合い始めたのは、運動会も終わった頃だったと思う。恋人がいない生活に慣れたのと、幼馴染を助けたい気持ちがあったのと、本人もあの顔であの体格のくせに暴れん坊だし、別れた恋人の跡継ぎは誰にも譲れなかったんだろう。
不良たちと暴れまわるようになって、僕と親友が一緒にいる時間は学校にいる間だけになってしまったけれど。その分、僕との時間を大事にしてくれる親友を、僕も変わらず親友として大事に思っていた。
中学生になって、サッカークラブをやめて、代わりに中学のサッカー部には所属したけれど、不良たちと過ごす時間を増やした彼は、だんだんと心を壊していった。リストカットはしょっちゅうで、昼食後、人知れずトイレで食べたものを戻しているのも見かけていたし、夜眠れないらしく授業中に居眠りをする姿も良く見た。それで成績が下がらないところが、侮れないと思う。別に僕もノートを貸したりしてないんだよ。
彼が弱音を吐くのは、僕の前でだけだった。今のようにスクールカウンセラーの制度なんて整備される前だったから、先生には不良のリーダーとして腫れ物を触るように扱われていたし、両親は離婚して引き取った父親は家に帰ってこないし、他に相手がいなかったんだと思う。
その痛々しい左手首を見ていて、僕はこの親友を助けてあげたいと切に願っていた。
カウンセラーになろうと、自分の夢をそう決めたのは、親友のおかげだ。
僕の家族には、彼と親友でいることを反対され続けていたけれど。彼が親友だったからこそ、僕は今ここにいるんだと、僕はそう思っている。
親友の名は、土方宏紀。今や学生作家として文壇を賑わせている、新進の時代小説作家だ。
まだあの不良の子と付き合ってるの?
それが、母の口癖になって久しい。中学生の頃からだから、すでに五年が経っている。
僕たちは、高校三年生になっていた。
僕がかっちゃんと付き合い始めたのは、これも宏紀の影響。宏紀がかっちゃんの兄貴と付き合ってたせいで、兄貴の愚痴をいろいろと聞かされていたわけで、それは別に、聞いているのは楽しいし良かったんだけど、宏紀と兄貴の関係を知ったかっちゃんが、何をどうめぐったのか、僕が好きだって結論を出したんだ。
それが、一年生の夏前のこと。
僕は、その時はそこまででもなかったんだけどね。ほだされちゃったみたいで。
今はもう、かっちゃんなしの毎日なんて考えられないくらい、愛しちゃってるけどさ。当時は、耳年増だったせいか、人を好きになること自体まったく出来なかったんだ。冷静な自分が後ろで観察しちゃっててね。自分の素直な気持ちが見えなかった。
男を好きになったこと。後悔は、してない。
まぁ、それは別にいいんだ。
そんな風に影響を受けるくらいに信頼しきっている相手を、母は蔑んだ目で見る。口調にも、現れる。
それが、嫌で嫌でたまらない。
確かに、宏紀は不良グループのリーダー張ってた過去がある。地元では有名人だ。でも、それは別に、本人も僕も、恥だとは思ってない。
あの頃は、そうしなくちゃ生き延びられなかったんだから。同じ経験をした人でもない限り、宏紀を悪く言う資格なんてない。
それが、母にはわからないらしい。姉たちも同様に。
大学をどこにするかはまだ決めていないけれど、大学に行くことはほぼ決定事項で、その学費までは面倒を見てもらいたい僕としては、家族に干渉されたくない本心とは反対に、家族サービスに努める義務があり。
最近、本当に本気で、困っていた。
こんなことで家族を嫌いにはなりたくないけれど。家にいるのが辛い。親友を家族に悪く言われるのが、こんなに辛いことだなんて、最近になるまで気づかなかったけれど。本気で辛い。
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