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 長い長い読経が済むと、今度は墓へ移動する。家長である伯父が運転する車だけは寺へ新しい卒塔婆をもらいに行くが、他のメンバーは大型の車を所有している人の車に分乗して直接墓へ向かう。

 貴彦の車も彼の家は四人暮らしのはずでここまでの大きさはは要らない気がするのだが、ワンボックスカーだったから、貴彦と二人の息子、それに貢と宏紀も乗って行く。

 今度は、弟の方が宏紀と隣り合わせに座った。二つ下だというから、まだ中学二年生だが、兄と違ってずいぶん大人しい。それに、だいぶ華奢な身体つきをしていた。まだ成長中の少年では珍しいことではないし、宏紀が可愛がっている後輩にも、華奢な身体ながら番を張っている少年がいるから、見た目で判断するつもりは毛頭ないのだが、それにしても大人しい。

 しばらくこちらをちらちらと盗み見ていたその弟は、やがて意を決し、宏紀に話しかけてきた。

「あの……」

「はい?」

 たしか、まだ名前をしらないはずだ。だから、名を呼ばれなかったけれど自分に話しかけられていると悟ったことを知らせるように、問い返す。

 宏紀が反応をしたのを受けて、ようやく彼は言いたいことを口にした。

「兄を挑発しない方が良いですよ。あの体格だし、強いから」

「でも、不良というわけではなさそうだよね。正義感も強そうだし」

 きっと、忠告ありがとう、的な反応を想像していたのだろう。彼は実に意外そうに宏紀を見つめる。そして、その言葉を聞きつけた、彼らの前の座席に座った兄、和彦がこちらを振り返った。

「ずいぶん見くびられたもんだな。おい、雅彦、余計なこと言ってんじゃねぇ」

「まったく見くびってないし、弟を咎めるのは筋違いでしょ。……雅彦くん、っていうんだ? 俺は宏紀。よろしくね」

 兄の抗議をもろともせず、握手を求めて手を差し出す宏紀に、雅彦は一瞬戸惑い、それから差し出された手を軽く握った。ぺこん、と頭を下げて。

 なるほど、兄より弟の方が社交性は上らしい。そう判断して、にんまりと笑う宏紀だった。

 土方家の墓は、近隣の集落の共同墓地らしい、田んぼの真ん中のこんもりとした林の中にあった。駐車場もないから、路肩にぎりぎりまで寄せて縦列駐車となる。

 横開きのドアを開けると、すぐ下が側溝になっていた。足を下ろせるところは、田んぼと水路を区切るコンクリートの厚さ二センチに満たない壁の上だけで、いつもそうしているらしく、和彦と雅彦の二人は器用にその上に降りて、車を避け、道路に戻る。宏紀も真似をしてその後を追いかけた。

 土方家の墓は、実に立派な墓だった。墓石も大きく、黒光りして、三段重ねの下石にも意匠が施され、その敷地も広く、石造りの囲いに囲われている。その基礎も、周りの墓より一段高い。

 いかにも旧家の先祖代々の墓、という感じがあった。

 供物と花を飾り、墓に水をかけ、線香を上げる。

 ここまでやってきた全員が、線香を上げお参りを終えて、さぁ、家に帰ろう、という段になって、それは起こった。

 同じくここに墓を持つ、別の家族の子供と、ちょうど暇になって周りを散歩しに出かけていた和彦が、運悪く衝突してしまったのだ。遠めに見ても、実に険悪な雰囲気で、どちらも自分の家族から離れていたせいで、仲裁する大人の姿もそばになく。

 向こうの家族は、困惑した表情でその二人を見守っていた。こちら側も、大半は同じ表情だ。

「あの馬鹿」

 呟いて、貴彦がそちらに向かって歩き出す。

 と、その貴彦の肩を叩き、宏紀は軽く首を振った。

「俺が行ってきます」

 それは、貴彦はもちろん親の義務だが、宏紀にはかかわりのない話で、当然喧嘩を仲裁する義務もない。だから、引き止められて貴彦が疑問を持つのも当然のことだ。

 だが、宏紀はにこりと笑うだけで、貴彦が進むつもりだった道を歩き出してしまう。代わりに、宏紀の父親が貴彦の隣に立った。

「ま、あいつに任せとけよ。同じ年代のガキの仲裁なら、慣れたもんだ」

 問題発言再び。そもそも、見るからに昔は田舎のガキ大将だろうと判断されそうな体つきの二人が睨みあっている所に、華奢な少年が一人行ったところで、なにができるというのか。

「心配じゃないのかよ?」

「俺の息子だぜ?」

「血は繋がってないんだろ?」

「その分、俺より強いさ。まったく、父親は誰なんだか」

 ほらな、と指差された先で起こったこと。しばらく険悪なムードで罵り合ったのち、向こうの家族の子供は宏紀に蹴り倒され、和彦は腰を蹴られたらしくそれをさすりつつ、宏紀に耳を引っ張られて戻ってきたところだった。

 向こうで、おそらくそんなに強くは蹴られなかったのだろう、一人残された少年が起き上がり、こちらに罵り声を上げた。

『おぼえてやがれ〜』

 直後、今度こそそちらの父親らしい男性に、拳骨を食らっていたが。

 戻ってきた宏紀は、和彦をその父親に渡しながら、肩をすくめた。

「喧嘩両成敗ってことで、勘弁していただけます?」

「……あ、ああ」

 意外にも、実力行使で喧嘩を諌めて戻ってきた宏紀に、貴彦は文句を言うこともできず、というよりはあまりにも驚いて二の句が告げず、ただ頷いただけだった。

 一方、そばにいた貢は、軽く肩をすくめて見せた。

「何も、向こうの子まで蹴ることはないだろうが」

「すぐには追ってこられないように、膝の裏を軽く蹴っただけだよ。俺が本気で蹴飛ばしたら、あんなすぐに起きられませんって」

 あははっ、と笑いながら本人が明かした手段は、それだけを聞けば特段変わったことをしたわけではなくて、どちらかといえばいたずらに近い手段だった。それはもしかしたら、宏紀という人間を知らない人に対する配慮でもあったのかもしれない。確かに、この外見であの体格差で、普通に喧嘩してあっさり負かしてしまったら、彼の自尊心まで傷つけかねないのだから、良い判断だったんだろう。

 一方の、手加減はもちろんされたものの、腰を打たれて動けない和彦は、恨めしそうな目で宏紀を睨みつけていて、兄がしてやられてしまった現場を目撃した雅彦は、尊敬の眼差しを宏紀に向けていた。





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