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 駅からだと徒歩15分の道のりは、その大型スーパーが徒歩3分のところにあるおかげで、入ったところと反対側の出入り口を出ると徒歩10分に縮まっていた。
 土方家までの道はほとんど車どおりのない裏通りばかりで、どうやら車を避けてそんな道を選んでいるらしく、路地を覗いたら大通りが平行していた。総勢六人。おしゃべりをしながら歩けば、あっという間に家の前に着いてしまう。

 秋口で日の入りも早く、いつの間にか辺りは夜闇に包まれていた。

 到着した土方家は、このあたりでは一般的らしい大き目の一軒家で、中央に玄関、左にカーポート、右に芝生の庭がある。芝庭に面した大きな窓からは、薄いカーテンを透けて明かりが庭を照らしている。そちらがリビングだろうか。

「あれ? 帰ってきてるんだ」

「昨日、言ってたろ。宏紀の友達見るためなら、早退してでも帰ってくるって」

「冗談だと思ってたけど」

「貢さんが?」

「だね」

 いったい二人の間にどんな前提条件があるのか、不思議そうに首をかしげていた土方は、忠等さんとの掛け合いの中で、結局納得したらしい。俺には何がなんだか、なのだが。

 自宅の鍵は持っているはずの土方は、玄関から少し離れて門柱につけられたチャイムを押した。家の中から、ピンポーン、と一般的な音が聞こえてきて。まるで玄関で待っていたかのように、玄関が向こうから開かれた。

「お帰り」

 顔を出したのは、スーパーのバイト中に見かけていた、土方家の同居人と言われたその人だった。背が高くてしっかりした体つきをしていて、たしかに土方の親には見えない。

「ただいま。父さんは?」

「台所で悪戦苦闘中」

「は?」

「見て笑ってやって。お友達? いらっしゃい」

 笑ってやって、と言いながら本人は楽しそうで、それから俺たちに視線を向け、軽く会釈をしてくれた。忠等さんといいこの人といい、土方家の人は本当に落ち着いた優しい人ばかりだ。

 迎えに出てくれた人と土方は先に家の中へ入っていって、忠等さんは開いた玄関を押さえ、俺たちを中に促す。それから、最後に玄関を閉めた。

「どうぞ。右手がリビングになってるから。買ってきたものはリビングで良いと思うよ」

 つるつるに磨かれた玄関ホールの床に、この家の人は裸足で乗っているらしい。玄関先にスリッパが見当たらないから、そういうことなのだろう。確かに、きれいだから、必要ないか。

『お父さん、不器用だねぇ』

『うるさい。悪かったな』

『はいはい。変わりましょ。お酒は?』

『大量買いしてきたぞ。どうせ飲むんだろ?大学生』

 台所から聞こえてくるのは、土方と四人目の同居人だ。土方が父と呼ぶのだから、戸籍上は父親なのだろう。だが、確か、全員血が繋がっていないと聞いた覚えがあるのだが。いったい、どうなっているのか。さっぱりだ。

 リビングに入ると、男所帯にしてはこれまたきれいに片付けられた部屋で、奥にキッチンとダイニングテーブル、こちら側にソファセットが置かれていた。それにしても、広い家だ。このリビングだけで何畳あるのか。

 土方は、ダイニングテーブルの上に散らかった食材類を見下ろして、傍らにいる父をからかっていた。この家で一番背が低いらしい父親氏が、拗ねて見せながら台所のほうへ入っていく。

「忠等。野菜だけ、こっち」

「肉は?」

「そのままで良いでしょ? コンロ、用意してよ」

「OK」

 どうやら、この家の家事の主導権は土方にあるらしい。てきぱきと行動しながら的確に指示を出し、土方の指示に従って三人の同居人が行動する図が、とても自然に繰り広げられている。

 やがて、庭の隅からバーベキューコンロを出してきた忠等さんに呼ばれて、俺たちは火熾しの手伝いにかり出され、一緒に来た一美さんは台所仕事を始めた土方を手伝いに行ってしまった。

 バーベキューなら任せろ、と手馴れた仕草で忠等さんを手伝って簡単に火を熾して見せたのは、俺たちの中では一番活動的な水谷で。いつの間にか、忠等さんへの嫌悪感も無くなったらしい。まぁ、良い人だしね。水谷が懐くのもわかる気がする。

 ソファセットのガラステーブルを縁側に寄せて、グラスにビールと枝豆をいただいていると、台所のほうから大皿を持って一美さんがやってきた。

「はい、お待たせ」

 出されたのは、今日の買出しには入っていなかった生春巻きで。どうやら、土方の父親の貢さんが、帰ってきたときに悪戦苦闘していたのがそれだったらしい。

 皿をテーブルに置いて、一美さんも用意されていたビールのグラスを取ったので、俺は彼女に近寄っていった。

「手伝いおしまい?」

「手伝えること終わったから。宏紀さん、すごいわね。手際がいいわ」

 そう感心して言うことには、この生春巻きも、一美さんが野菜を洗って切っている間にささっと作ってしまったのだそうだ。しかも、焼き野菜の切り分けも、後から手伝い出したらあっという間に終わってしまったのだという。

 ざるに乗せた野菜を持ってやってきた土方が、一美さんの言葉を聞きつけたらしくて、俺たちの背後から声をかけてきた。

「昔からの日課ですから。慣れですよ」

「うちのお母さんだからね、宏紀は。はい、焼きは引き受けますよ」

 さらに土方の横から同居人さんだという高宏さんが現れて、土方の手から野菜のざるを引き取り、コンロへ行ってしまう。反対に、コンロの方から忠等さんが戻ってきて、土方の頭を軽く撫でて通り過ぎ、ダイニングテーブルの椅子を持ってまた引き返してきた。

「はい。彼女には特別に、椅子をどうぞ」

「え? いえ、大丈夫ですよ」

「うん、でもね。無理はしないでください。立ち仕事でしょう?」

 あれ? 一美さんの仕事は、まだ話していないはずだけれど。偶然劇を見ていたにしても、一目見て名前を言い当てられるほどの認知度なら、初対面の時点で話が出るはずだし。

 どうしてわかったんだろう?

 不思議に思ったのは、一美さんもだった。ありがとう、と礼を言って頭を下げながら、首を傾げて。

「どうしてわかったんです?」

「立ち方がね。長時間立つ人の立ち方だよ、それ」

 宏紀のは長時間座ってる人の立ち方だしね、とつなげて、恋人に軽くウインクを一つ。そんな寒い仕草がサマになってしまうから恐い。

 その後も、コンロのそばで河坂と水谷が肉を焼きながら次々と頬張ってしまう隙を突いて、忠等さんと貢さんと高宏さんがかわるがわる焼けたものを持ってきてくれて、一美さんと土方のためなのだろうけれど、そばにいる俺もご相伴にあずかってしまった。

 何でも、貢さんの言うことには、土方家の家訓に、家事を引き受けてくれる人は最大限に敬うこと、というのがあるらしい。それで、食材の支度をした土方と一美さんが、甲斐甲斐しく世話されているわけだったのだ。

 では、俺はなんでこうして楽しているのに怒られないのかな、と思って首を傾げたら、土方がくすくすと楽しそうに笑って答えを教えてくれた。そういえば、さっきから二人に酌をしてたんだ、俺。無意識だったから気づかなかった。それで労働と見なされていたらしい。

 あらかたの肉がなくなったころ、大満足の様子で河坂と水谷は揃ってソファに沈んでしまい、残った少しの食材を焼きながら、貢さんと高宏さんは向こうで静かに食事を楽しんでいた。姿を消した土方が何をしているのかと探してみたら、台所で何かしら作業中。

 しばらくして、人数分のおにぎりを皿に乗せて戻ってきた。

「父さん。おにぎり焼いて」

「おう。寄越せ」

 土方の手から貢さんの手に移動していく皿の上のおにぎりは、形の良い三角形。これを握った土方の手は、確かに器用だと思う。

 コンロの火が消えると、焼いて皿に乗せておいた野菜の残りと焼きおにぎりを肴に、縁側にゴザを敷いてそのまま腰を下ろしての宴会になだれ込む。酒類もビールから焼酎に変わった。ただ一人、土方だけが炭酸ジュースを飲んでいるが。

「土方って、酒飲まなかったっけ?」

「運転手が一人は残ってた方が良いでしょ? いつもなら父さんか高宏さんがしてくれるんだけど、今日は二人とも飲んじゃってるし」

 どうやら、帰りのことまで心配してくれていたらしい。本当に、頭が下がる。

「悪かったな、急に押しかけて」

「うぅん、全然。久しぶりに若い子と戯れて父さんたちも楽しそうだし。うちはお客さん大歓迎だから」

 なるほど、確かに。貢さんも高宏さんも、河坂と水谷を相手にからかって楽しんでいる。一人離れてダイニングテーブルから彼らを見守っている忠等さんも、とても優しい眼差しをしていた。

 なんだか、適度に干渉しあって適度に見守りあって、とても良い関係を築いているのが良くわかる家庭だった。

「なぁ、土方。貢さんと高宏さんも、そうなのか?」

「あら、見ればわかるじゃない。熟年カップルって素敵ねぇ」

 土方が答える前に一美さんがあっさりと認めて、ほぅ、と羨ましそうにため息をついた。っていうかね、一美さん。隣に彼氏がいるの、忘れてません?

「ねぇ、セイちゃん。私たちもあんな素敵な熟年カップルを目指しましょうね」

「うん、そうだね」

 忘れていたわけではなかったらしい。良かった。

「それで、子供たちとも、友達みたいな仲の良い関係を築けたら良いわね」

「土方んちみたいにね」

 悪いお手本はうちの両親だとすると、良いお手本はきっとこの土方家で。良いお手本に近づけるように。自分の生活環境改善のためには、これからの努力が必要不可欠なのだろう。

 良いお手本に出会えて、良かったな、って。そう思って一美さんを見たら、別に口に出したわけではないけれど、頷いて返された。自惚れて良いなら、以心伝心。

「負けねぇぞ、土方」

「頑張って」

 主語も目的語もない俺の宣言に、隣で炭酸ジュースを飲み干していた土方が、タイミングよく応えた。



おしまい



続きはおまけで18禁です





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