家族の肖像 1




 俺はずっと、家族なんてただの共同生活者だ、くらいにしか思っていなかった。

 恋人には、「セイちゃん、それはちょっと薄情よ」なんて咎められるけどね。彼女のご家族のほうが、よっぽど俺には家族に感じられるくらいだ。

 うちの場合は、仕方ない部分がある。父は外に愛人を作っていて、家にはたまに帰ってくるくらいだし、もう諦めてしまったのか、母はその分の愛情を子供に注ぎ、おかげでまったく子離れしてくれない。子供の頃から長男の俺にお受験だお稽古だと押し付けて猫かわいがりして。

 おかげで、俺は高校生のときに一度キレた。といっても、別に家庭内暴力を働いたわけでもないし、遅まきながら不良の仲間入りをしたわけでもなく。っていうか、うちの地元はまだまだヤンキー勢力が根強くてね。俺みたいなお坊ちゃんが仲間に入れてもらえるわけはないし、さすがに反抗期もいつの間にか過ぎていた年代では、ちょっと褪めていた面もある。

 では何をしたか、といえば。なんてことはない。母に言いたいこと全部ぶちまけて、三日くらい家出をしたんだよ。自分勝手な押し付けじゃなくて本気で俺を心配しているなら、きっとすぐに居場所を探し出せるだろう、という程度の小細工をして部屋の中に居場所を書き残してね。

 家出先は、高校の部活で知り合って今でも親友関係にある友人の家。映画研究部で、一緒にアマチュア映画を撮ったりしている仲で、編集作業とかは夕方遅くなると学校を追い出されて彼の家に押しかけるから、すでに勝手も知った他人の家状態だったのも良かった。

 ご両親やお姉さんにも快く受け入れていただいて、三日間、本当の家族のように接してもらって、あぁ、こういうのが本当の家族なんだなぁ、って今更ながら実感して。

 うちじゃ、休日の夕飯時に家族全員が揃って夕飯を囲むなんて、俺が小学生の時以来一度もない。そんな異常さを再認識したわけで。

 結局、迎えに来たのは父だった。ご迷惑をおかけしました、と親友の一家に頭を下げていた父の背中が、初めて父親に見えた。なんでも、母は俺が出て行った後、半狂乱になって父に電話をかけ、ひたすら父を責めまくったらしい。で、仕方なく帰ってきた父が、俺の部屋でこの場所を知って迎えに来た、ということだった。こんな両親の子供になった自分が恥ずかしいよ。

 ちなみに、俺の今の彼女は、その親友のお姉さんだ。一美さんといって、俺の三つ上の先輩。映画研究部のOBでもあって、とにかく良く気が合って。今は大学生の頃に入団したとある中堅の劇団で主役を張るくらいの若手女優さんだ。中堅といっても、大ホールを借り切って公演できるくらいには有名どころだから、いずれはもっともっと有名になっていくのだろう。

 彼女とは、俺が大学を卒業したら結婚しようね、と約束している。ちなみに、俺の進路はいまだ未定だけど、たぶん教師になるんだろう。全国を飛び回る彼女の、帰ってくる場所になってあげたいからね。

 そうそう、それでだ。何で家族の話になったかというと。

 俺の身近に、とても家族を大事にしている人がいるんだけれど、その家にこのたびお邪魔する機会が出来たんだ。つまり、その彼の自慢の家族にご対面、というわけ。

 家族、といっても、全員血が繋がっていないらしい。それは、本人談、なのでたぶん事実なんだろう。それと、バイト先でよく見かけるから俺はすでに知っていたけれど、全員が男性だ。

 彼の恋人が同性であるという話は、つい先日の中野の一件ですっかりバレているから、今更隠すことでもないのだけれど、とはいえ、ノーマルの俺たちは、その自慢の彼氏が気になるところなんだよね。

 友人の名は、土方宏紀という。高校生のときから活躍している小説家でね。昨日発売された文芸雑誌に独占インタビューが載っていて、その雑誌を早速買ってきたのが土方の小説の大ファンだという河坂だったんだけど、みんなでそれを囲んでわいわい騒いでいるうちに、話の流れで、土方の家に押しかけよう企画が持ち上がったわけだった。

 今はまだ切羽詰ったほどの締め切りは持っていない土方は、くすくすと楽しそうに笑って、さっぱり嫌がりもせずに首肯していた。友人を招くことに抵抗がないらしい。

 で、今日が決行の日。俺のバイトが休みの日だ。

 いつものように五時半ごろ学校前に迎えに来た土方の彼氏さんは、どうやら昨日のうちに聞いていたらしくて、彼もまた別に気にした様子もなく、はじめまして、と頭を下げていた。

 名前は、祝瀬忠等というらしい。なんだか珍しい苗字と名前で、しかも一度では絶対に読めないのだけれど。それ以前に、この二人が別姓であること自体に、俺はなんだか違和感を覚えてしまった。いや、恋人というくらいだから他人なんだろうけどね。そばにいることが当たり前に見えるくらい、良く似たカップルだ。

 ホント、素敵な人だと思う。さすが社会人らしく落ち着いていて、小柄だけれどけして背が低いわけではない土方と並んでちょうど良いくらいの身長差があって、土方を見る眼差しが優しくて。俺もこうなりたい、と思える大人の男だった。

 移動は電車とバスで一時間と少し。駅からバスに乗って10分ほどの距離で、歩くと15分くらいなんだそうだ。と説明しながら駅を出て、土方はバス停に向かわずに俺たちを振り返った。

「今日、何食べたい? リクエストに答えるよ?」

 問われて、俺と河坂は顔を見合わせた。確かにこの時間なら、夕飯をどうしようか、という話題も当たり前だけれど。かといって、とっさに返せることではない。それに、いつもはこんな時に真っ先に自己主張する水谷は、道中ずっと土方の彼氏を観察していて、それどころではない様子だ。

 俺たち三人の反応に、忠等さんが優しげな笑みを見せた。

「まだ夜もそんなに寒くないし。庭でバーベキューでもするか?」

「あ、良いね、それ。夏のキャンプに使った炭も残り使い切っちゃいたいし。そうしよ」

 決定、と少しはしゃいで、土方が先に立って俺のバイト先へ向かっていく。つまり、買出しのためなんだろう。それにしても、バイトでなくスーパーに行くなんて、実に久しぶりだ。

 スーパーの中で。河坂と水谷はさっさと肉売り場へ行ってしまう中、土方は野菜売り場で立ち止まって鮮度を確かめながら焼き野菜を吟味し、隣で買い物籠を乗せたカートを押して忠等さんがそれに付き合っている。ちょっと離れたところで二人を眺めて、俺は思わず舌を巻く。

 たまにいるイチャイチャ新婚カップルだって、彼らの雰囲気には敵うまい。別に特に身体が触れ合っているわけでもないし、それどころか適度に距離を置いているにも関わらず、二人の間には何者も割って入れない雰囲気があるんだからすごいと思う。

 あぁ、一美さんと俺は、あんな風になれるんだろうか。ちょっと不安だ。俺、一美さんの尻に敷かれてるしなぁ、すでに。

 全員男のこのメンバーで、しかも四人は食べ盛りの大学生だから、買った食材はほとんどが肉ばかり。土方が気をつけてくれてなかったら、野菜皆無になるところだった。

 買い物中に、俺の携帯にメールが入って、スーパーの前で一美さんと合流する。今日は劇団のほうは練習日で、土方の家に遊びに行くと昨日電話で話したら、練習を早めに切り上げて帰るからメンバーに入れろ、と指令があったわけ。彼女も、河坂に負けず劣らずの土方ファンだ。なんか、ちょっぴり妬けちゃう。

 一美さんをはじめて見た友人一同は、揃って彼女を惚けた表情で見つめた。そうだろうそうだろう。俺の自慢の彼女なんだから。

「はじめまして。清野一美です。すみません、突然押しかけてしまって」

 ぺこり、と頭を下げるのに合わせて、長い黒髪が肩から落ちる。たぶん、本人は狙ってそうしているのだろうが、俺ってかなり黒髪フェチらしくて、それが異様に色っぽく感じるんだよね。だから、そうやって色気を見せた相手が土方であることに、心変わりなんてあるわけがないと思いつつ、やっぱり嫉妬の目を向けてしまうわけで。

 年上の彼女は、そんな俺の嫉妬をわかっているみたいで、俺を横目で見てくすくすと笑っているのだけれど。

「いえいえ。美人さんのご参加は大歓迎です。男ばかりですと華がなくて」

 社交辞令とはいえ、俺の彼女に対する気遣いに、隙がない。のは、土方だと思っていたけれど、忠等さんの方だった。うーん。さすが、土方が「うちの若旦那」というだけのことはある。土方家代表として、年長者の義務を果たしたわけだ。





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