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 途中、職員室の前で、肝試し中の弟とその恋人に出会った。何故みんながみんな屋上階段の話をするかといえば、実は、札を納める場所のひとつに、職員棟最上階の図書室の前、というのがあるのだ。だから、右の階段と左の階段と、二つに一つの確率で、二人に一人は必ずそれに出会うのである。

 ちなみに、屋上に出られる階段は、右の階段だけだ。

 そこは、弟たちもすでに行って来たらしい。そういえば、聞こえたなぁ、とのんきな事を言う克等の腕にしがみついて、まっちゃんが軽く震えている。っていうか、まっちゃん、小動物みたいでカワイイし。克等が惚れたのもわかる気がする。

 右の階段を、慎重に上っていく。そういえば、左の階段は、窓がないから真っ暗なのだ。なるほど、うめき声の目撃談が多いわけだ。みんな、右の階段を選択するのだろう。足元の危険を回避するために。

 三階と四階の間にある踊り場を抜けたあたりから、確かに、かすかに人の声が聞こえてきた。この建物は四階建てだから、この上の階が最上階で、さらに上に続く階段が、問題のうめき声の発生現場で。

 四階まで上りきって、弟カップルをそこに残し、宏紀と手を取り合って、さらに上に続く階段に足をかける。

 と。

『……う……ぅう……』

 もう、霊の声とは思えないくらいはっきりと、その声が上から聞こえてきた。ついでに、荒い息遣いも。

 っていうか。これって……。

 少し呆れて、俺は少し背の低い宏紀を見下ろした。俺を見上げて、きっと同じ結論なのだろう、宏紀も軽く肩をすくめる。

 今まで慎重に進めていた足取りが、軽くなる。何しろ、その正体がわかってしまったのだ。恐れる必要がない。

 振り返れば、弟たちにはわからなかったようで、心配そうな目で見返されたけれど。

 だって、これって、どう考えても。

「やっぱり」

 踊り場まで上りきって、折り返した向こう側を覗き込んで、宏紀がそう言った。

 そう。つまり、それって、セックス中だったわけなのだ。

 それも、一番最初に出て行った、寺沢と、組になった一年生の。

 思わず、呆れたため息をついてしまった。俺たちに見つけられてしまった二人は、その真っ最中に現場を押さえられて、硬直してしまっている。

 階段に腰を下ろして、一年生をそのひざの上に跨がせて、寺沢は俺と宏紀を驚いた顔で見つめた。一年生の方は、恥ずかしがっているらしく、寺沢の首にかじりついて、顔をその肩に押し付けて隠している。

 ここからだと、その結合部は丸見えなんだけど。

 っていうか、寺沢、あっという間に萎えただろ。見てわかるぞ、それ。

「もう、傍迷惑なんだから。やるなとは言わないけど、肝試し中くらい自重しなさいな」

「下で待ってるから、後始末して戻って来いよ」

 このまま続きをさせるわけにはいかないから、俺はそう言って、宏紀の手を引いた。宏紀もまた、俺と一緒に階段を下りた。




 しばらく待っていると、きちんと身なりを整えて、二人が上から降りてきた。

 武道場への帰り道、俺たちは二人に事の次第を問いただす。というのも、宏紀の証言から、今まで二人がそんな親密な関係にあるようには見えていなかったらしいのだ。だったら、何故偶然組になった二人が、そんなことをしていたのか、問いただす必要があるわけだ。

 尋ねられて、何故か、寺沢は首を傾げたのだが。

「柊がね、何かが呼んでる、って行って、屋上に行く階段をのぼってっちゃったんだよ。だから、俺も慌てて追いかけていったんだけど、いつも閉まってる屋上のドアが、開いててさ」

 それが、寺沢の言い分だった。しかし、そのくだりは、どう考えても。

「……七不思議?」

「そうなんです。俺もそれに気付いたんですよ、その時。だから、柊を引き止めたんだ。そしたら、柊ってば目がうつろでさ。引き止めるな、って言うんだよ。引き止めるんだったら抱け、って。すごい勢いだったから、俺も必死になっちゃって」

「僕、屋上から誰かに呼ばれたのは覚えてるんです。でも、気がついたら、てらっち先輩に抱かれてて」

 そこまで答えて、柊くんは、ぽっと頬を赤らめた。寺沢は寺沢で、こちらも耳まで真っ赤になってそっぽを向く。

 どうやら、柊くんが、そこにいた霊に魅入られてしまったのを、寺沢が助けた、とそういう話らしかった。

 まぁ、簡単に信じられる話ではないが。そうは言っても、今までの二人の関係が、あまりにも今の状況とかけ離れていて。信じるしかない、って感じだった。

「でもさ、じゃあ、霊はどこに行ったんだ?」

 克等が、俺の疑問を代弁するように、そう尋ねる。それに、くすっと笑って答えたのは、なんとまっちゃん。そういえば、中学時代は宏紀のカウンセラーみたいなこともしていた子なのだ。意外に、精神的には強いところがある。

「何もなくて、初対面の人間に、抱け、なんて言わないよ。きっと、そういう場面がその霊が生きている時にあったんじゃない? で、その時は振られちゃって、屋上から飛び降りたんだと思うよ。それを、てらっちはちゃんと抱いてあげたから。思いが叶って成仏したんじゃないかな?」

 う〜ん。まっちゃんって、かなりロマンチスト。でも、そうなのかもしれない、ともちょっとは思う。

「成仏、できてたら良いですねぇ」

 まっちゃんが解説して見せた答えに、柊くんはそれを信じたらしく、自分を乗っ取った相手だというのに、その霊に思いをはせて宙を見上げた。

 が、それを何も階段を下りながらやることはないのに。

 わっ、と悲鳴を上げて、階段から足を踏み外して転びそうになって。周りにいた全員が助けの手を差し出し、実際には隣にいた寺沢が、がしっと彼を抱きとめた。そこに立ち止まって、二人は思わず見つめあう。

 途端に、空気がピンク色に染まった。

 そのきっかけはどうでも、どうやらこの二人、この件で見事に恋に落ちたらしい。見ているほうが胸焼けを起こしそうなくらい、あつーい視線を交わして、二人はいつまでも見詰め合ってしまっていて。

 ごほん、と俺はわざとらしく咳払いをして見せた。

「交友はゆっくり深めてくれ。もう、戻るぞ」

 先に立って歩き出せば、俺の隣に、くすくすと笑いながら宏紀が追いついてきて、なんだか楽しそうな足取りで階段を下りていく。

 まぁ、宏紀は人の幸せも自分のことのように喜ぶ奴だしな。嬉しいなら、それに越したことはないさ。

 とにもかくにも、大事に至らずに良かった、と胸を撫で下ろす、一部始終だった。




 後日。寺沢と柊は、正式に付き合い始めたらしく、俺と宏紀同様、サッカー部の仲間に祝福されて、模擬結婚式も挙げさせられたらしい。まぁ、めでたい限りだ。





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