学校の怪談 1
大学一年生の夏休み。俺は夏休み初日に新幹線に飛び乗って、早々に地元に帰ってきた。
うちの大学は二期制だから、夏休みの開始は高校生とほぼ同じ。七月の暮れまで前期試験があって、通年の授業はないから夏休みの課題もなく、丸二ヶ月近く、自由な時間になる。
本当なら、バイトしないといけないはずなんだけれど。恋人の父親である貢さんが、宿代も生活費も要らないから、うちに住んで家事手伝いをしろ、とありがたい申し出をしてくれたんだ。だから、いつものバイトは帰省するからと休みをもらって、お言葉に甘えて恋人の家にお世話になることにした。
もともと、実家には帰らず、長期休暇にはこっちの家に泊まると言ってはあったんだけれどね。
まぁ、夏休みを自由に過ごせるのは一年のうちだけだから、というのが貢さんの本心らしいけれど。四年のときは無理でも、三年までは長期休暇はこっちで過ごしたい。俺は。
だって、四年も恋人と離れて暮らさなくちゃいけないんだよ? 俺が耐えられない。
一応、実家にはこっちの家にお邪魔することは伝えてあって、連絡先も報告済み。だから、心置きなく恋人とイチャイチャするつもりだった。
俺の名は、祝瀬忠等。そして、恋人の名前は土方宏紀。ま、男同士だけれどね。運命の人だから、周りの反応は気にしない。意外に祝福されている方だと思うし。
東京に帰ってきた日、俺が土方家の玄関をくぐると、途端に宏紀に抱きつかれた。全身で、再会の喜びを表現してくれる。そのとろけそうな笑みを見るだけでも、わざわざ帰ってくる苦労が報われるというものだ。しかも、これからほぼ一ヵ月半、毎日一緒だし。
ホント、家族の理解が得られているって、すばらしいことだと思うよ。こんな幸せを、当たり前のように享受できるんだから。この家の場合、親もまた同性愛カップルだったりするから、なおのこと。
さて、それで、今の状況なんだけれど。
実は、これから一週間ほど、お預けな日々が待っている。サッカー部の合宿でね、学校に泊り込みなんだ。風呂はプールのシャワールーム、トイレは校舎のトイレを使って、寝るところは武道場で、柔道で使う畳の上に布団をどっさり敷いて雑魚寝するわけ。こんなところで、恋人と愛の行為になんて、至れるわけがない。
トイレを使うために校舎は開放されているから、教室は鍵がかかっているけれど、廊下を歩き回ることはできる。
そこで、何が起きるかというと。当然のように、肝試し大会と相成るわけだ。
もうすでに、サッカー部の合宿では恒例行事。
男のマネージャーは今年は誰も入ってこなかったから、宏紀一人で。普段は部長と副部長が仕切るんだけど、去年は宏紀と俺がマネージャーとして仕切っていた。今年も、俺が手伝いに来ているから、同様に。
まず、組み合わせを決める。数字の書かれた紙を一枚ずつ引いていって、同じ数字をひいたヤツと組になる。その二人組みで、校舎内のいくつかに設置された椅子に名前を書いた札を置いて戻ってくる、というわけだ。道順も順番も適当だから、校舎内ですれ違うこともあって、それがまた結構なスリルだった。
今年もまた、数字を書いた紙を全員にひかせて、組を作る。ちなみに、ズルをして、弟の克等と恋人のまっちゃんは、組になるようにあらかじめ選んでおいた紙を取らせた。ま、このくらいの贔屓は許されるだろう。
全員一緒だとスリルがないので、それぞれを一分ごとに送り出す。今年も新入生の数が多くて、全部で五十人いるから、全員を送り出すのに二十五分もかかってしまった。
「さて、どの組が最初に帰ってくるかねぇ?」
「最初に出て行ったのって、てらっちたちだよね。てらっち、度胸あるからなぁ、あっという間に帰ってくるんじゃない?」
ちなみに、今日は月明かりもあるし、この校舎の廊下は全部窓が近くにあって真っ暗になることはないから、みんなには明かりを持たせていない。そもそも、慣れた校舎で明かりを持たせたら、肝試しにならないしな。
全員を送り出してからさらに待つこと十分。
「ただいまぁ」
と声を上げて、帰ってきたのは、部長になった相沢と三年の望月のチームだった。確か、三番目に出て行ったはずだ。
「お、俺たち一番?」
俺と宏紀以外に待っている人がいなくて、相沢は嬉しそうに声を上げた。そうだよ、と宏紀が頷いている。
「おかえり。どうだった?」
三番手の相沢には、部長として、危険箇所のチェックなどもついでにお願いしていた。転んで怪我をしたとしても、こんなに広い校舎のどこにいるかわからなければ助けに行けないし、戻ってこない奴がいたときに探しにいくにも、目安がないから。あたりをつけておくわけだ。
尋ねられた相沢は、軽く肩をすくめて返した。
「特に異常なし。夕方点検したとおりだよ。ただ、職員棟の屋上がねぇ」
職員棟の屋上?
相沢が濁して呟いたその言葉に、俺は宏紀と顔を見合わせ、首を傾げた。
実は、この学校にも、七不思議が伝わっている。プール、体育館、正門、音楽室、生物室、図書室、そして、職員棟屋上に続く階段。いずれも、出る、という話だった。
まぁ、よくある話ではあるし、たぶん根も葉もないのだろうけれど。
そのうちの一つに数えられる場所だったから、俺はそれが引っかかってしまった。
「何か、あったのか?」
そこで濁されると気になるもので、俺が尋ねるのに、宏紀も隣で身を乗り出した。いや、それがね、と答えるのは一緒に回っていた望月だった。
「なんか、うめき声が聞こえんだよ。あそこ」
「うめき声?」
ちなみに、職員棟屋上に続く階段の話は、のぼっていくと一段多くて、普通はしまっている屋上の鍵が開いていて、外へ出ると突き落とされる、という、なかなか恐怖な話だったはず。だが、うめき声はそこには関係ない。
では、一体何なのか。
七不思議とは一致しない現象に、俺たちは四人揃って首を傾げた。
やがて、どこかで合流したのか、四人揃って戻ってくる。一年生が三人と、二年生が一人。
「怖かった〜」
「なんだよ、あれ。職員棟の屋上、なんかあるのか?」
職員棟の方から、軽く息を切らして戻ってくるから、たぶんその場所から一目散に逃げ出してきたのだろう。それで、武道場の明るい明かりにほっとしたらしい。
それにしても、六人分も証言があれば、何かがあると疑って良いはずで。俺は、宏紀を見やった。
「行ってみるか?」
「それがよさそう」
宏紀もまた、こくっと頷く。確認の必要を、彼も感じたのだろう。宏紀の肝の据わり方は尋常ではなくて、俺には頼もしい限りなわけで。勇気が湧く。
その場は戻ってきた相沢に任せて、俺たちは二人揃って武道場を出ると、まっすぐ職員棟の屋上階段に向かった。
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