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 貢がため息をつくのを聞いて、吉野は顔を上げる。

「俺、船津さんに一目惚れだったんです」

 そう切り出した告白は、貢には意外な言葉だった。

「ゲイって、同類には鼻が利くんです。船津さんは同類だなって、すぐにわかりました。それも、バリバリのネコ。寂しがり屋の。俺の好みにクリーンヒットでした」

「……お前のことなんか、知りたくもないが?」

「いえ。聞いてください。俺ね、初めてあの人に会ってから2ヵ月近く、アタックし続けてたんです。でも、彼氏がいるからって振られ続けでした。俺も、人のものに手を出すほど、礼儀知らずじゃないつもりだったんです。でも、船津さんはどうしても諦め切れなくて」

 それがもし本当なら、出張に行く前から、高宏はこの男からの告白攻撃を断り続けてくれていたわけだ。自分にはそんな苦労は微塵も感じさせないで。

 ならば何故、今頃こんな事態になっているのか。

 思って、愕然とした。それはつまり、自分の出張のせいではないか、と。

「最近、船津さん、ずっとイライラしてたんです。どうしたのかって聞いたら、彼氏が長期出張でいないから、なんて健気な答えが帰ってくるじゃないですか。だから、俺で解消すれば、って」

「……それが、昨日か?」

「いえ。1週間前です。その時は、拒否されました。知っている人間はダメだ、って。そうは言っても、こっちも仕事が忙しくて、船津さんもほとんど職場に缶詰状態だったんですよ。きっと、欲求不満も溜める一方だったと思う」

 そこまで言って、吉野は紅茶のカップに口をつけた。香りはそこそこするが、まだほどんどお湯の状態のそれを、気にせずに口に含む。

「昨日、抱えていた事件の犯人が確保されました。それと、一昨日、船津さんの出張命令が出ました。明日から2週間、大阪府警に応援を兼ねた研修に行かれます。それなのに、彼氏である貴方は帰って来ないし」

 そんな事情が重なって、昨夜の逢瀬に繋がったらしい。背景を聞かされれば、貢が連絡もせずに戻ったのも原因の一端ではあって、一方的に怒れる立場ではないことを思い知らされる。

 連絡一つしてやれば、きっと、高宏は大人しく待ってくれていただろうに。

「昨日、船津さん、俺に謝ってました。今まで断ってたのに、振り回してごめん、って。でも、俺はその言葉を聞いた瞬間に、あの人を諦める決心がつきました。一度だけ抱かせてもらって、それでおしまい。切羽詰っても、本当にどうしようもなくなるまで、手近の相手にすら助けを求めなかったあの人の思いを、俺に向けることはどうやったって無理だ、ってわかったから」

 淡々と説明する言葉は、この男も本気で高宏に惚れていたのだ、と嫌でも思い知らされるものだった。

 聞いていて、貢は自分の半分程度しか生きていないはずの新人刑事に、諭されている気持ちだった。高宏の気持ちなど思いやりもせず、見たままの状態だけで腹を立て、こうして逃げてきてしまったのだから。残された高宏の絶望はどれほどのものだったのか。

「……ここは、高宏に聞いてきたのか?」

「いえ。多分自宅に戻ったと思う、とは言っていましたが、俺には放っておいて良いと言って、場所までは教えてくれませんでした。それで、一旦自宅に戻って幹部名簿を調べて来ました。幸い、土方さんの前任先を知ってましたから」

 お人好しにも、そこまでわざわざ調べてまで、この二人のよりを戻そうとしてくれたらしい。自分にも責任があると感じて。

 吉野は、ただ、彼氏がすでにいる相手に横恋慕してしまっただけの、気の毒な男である。そう思えば、感謝の気持ちすら生まれてくるのだ。

「あいつ、泣いてたか?」

「泣いてました。俺が何言っても、きっと耳には届いていなかったんだと思います。船津さんを助けられるの、土方さんだけなんでしょう? じゃなきゃ、敵に塩を送るようなこと、したくありませんよ」

「諦めるんじゃなかったのか?」

「土方さんが捨てるなら、俺が掻っ攫いますから」

 貢の声から冷たさが引いたのがわかったのだろう。吉野は軽口を叩いて返してくる。それに、貢もふっと苦笑を浮かべ、それから、軽く頭を下げた。

「ありがとう。感謝する」

「貴方のためじゃありません。惚れた相手のためですから」

「……諦めて他を当たれよ」

「差し当たっては、そうします」

 生意気にも偉そうに答えてきて、吉野はせいぜい澄ました顔をして紅茶を啜った。職場では歳相応な彼も、この場では貢よりも余程歳を食ったような、落ち着いた表情をしていた。





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