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 背中の中ほどまで伸ばされた漆黒の髪が、黄味がかった白い肌に映えている。
 が、そのコントラストは、さらに白い純白の翼との絶妙な色合いにはかなわないだろう。

 つい先刻まで何の変哲もない人間らしい背中だったそこには、三対六枚の純白色の大きな翼が生えていた。
 ふわふわの羽毛に覆われた、まさしく天使の翼だ。

 くったりと気を失った華奢な肢体を抱きしめ、突然生えた翼を良く知っているもののように愛しそうに撫でて、魔王ルーファウスはその肩書きに似合わず穏やかな微笑を浮かべた。
 大満足の余韻も冷めないうちに、和磨を抱き上げて部屋の奥へ向かう。

 移動した先には防水加工合金でガラスがはめ込まれた銀色の扉があった。
 毛足の長い絨毯に白木や黒木で作られたドア、灰白色の壁紙に石造りの欄間や天井には小ぢんまりとしたシャンデリアと、少々古風なインテリアに対してみれば、場違いの感も否めない。

 ルーファウスが近づくと、取っ手が勝手に動いて扉が開かれた。
 自動ドアというならそもそも取っ手はいらないはずで、それは魔王が持つ能力が使われたのに他ならない。

 扉の先は下へ降りる明るい色の階段があった。
 人一人抱き上げていても危なげのない足取りで、腕の中の人物を壁にぶつけないように落とさないようにと慎重に降りていく。

 たどり着いたそこにあったのは、外の景色が一望できる大きなガラス壁で外界と隔てられた広い浴室だった。
 外の景色は夜のためかほとんど何も見えないが、近くに植えられた低木の葉が湯気で曇ったその先にぼんやりとかすんで見えている。

 シャワー施設こそないものの、端に二つ重ねて置かれた軽量加工石の桶はどう見ても洗面器サイズで、温水の張られたプールは大きさこそ子供プールほどに広いが岩に囲まれていて岩風呂の風情なのだ。

 それは地熱で温められた温泉だった。
 自然湧出ではないが、地下資源を掘り出した天然モノだ。

 ルーファウスは和磨を抱えたまま洗面器を手に取り、浴槽のそばに腰を下ろした。膝に和磨を座らせて片手で支え、洗面器に湯を汲む。
 気を失ったままの和磨を洗ってやるつもりらしい。
 甲斐甲斐しいその行動は、実にその肩書きを裏切っている。

 無意識に暑く篭った空気を扇ぐように翼がはためいていて、見る者の笑みを誘う。
 天使の中でも最上位クラスを示す六翼はそれだけ見れば実に豪華だが、仕草はまるで小鳥のようだ。

 その翼の一つにルーファウスはそっと唇を寄せた。
 愛しさを込めて慰撫するような優しいキスで、翼は喜びを表すがごとくふるりと震える。

 せっかく姿を見せた翼を名残惜しそうに見つめてから、ルーファウスは洗面器に汲んだ湯をその背にかけた。

 熱めの湯に浸かることに慣れた日本人の肌には適温といえる多少熱めの湯は、和磨の肌に残った汗をさっぱりと洗い流してくれる。

 それと同時に、背中の肩甲骨辺りから生えていた六翼が、湯から逃げるように空気に溶けて消えてしまった。
 抜け落ちた羽根が一本、溜まった湯の水面に浮いて残るのみ。

 すっかり消えてしまうまで見つめていて、ルーファウスは苦笑を見せる。

「あいかわらず、水が苦手なのだな、お前の翼は」

「……ん……」

 返事なのか寝言なのか、タイミング良く和磨が喉を鳴らす。
 はっと息を潜めて和磨がまだ目覚めていないことを確認し、胸をなでおろした。

「まだ眠っていろ。嫌な記憶など急いで思い出す必要はない」

「……ん〜……るぅ……」

「あぁ。愛しているよ、アウル」

 寝言と会話を交わし、甘い声をその耳元で囁いて、可愛らしい小さな額に慈愛に満ちたキスを一つ。
 頬を摺り寄せるように身じろぎをする仕草がさらに愛らしい。





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