2 R

 収穫した枝豆とトマトをアモンに託し、和磨は大広間に隣接された応接室へ急ぐ。

 そもそもこの日は客人の来訪がずいぶんと前から予定されていた。
 魔物も魔族も自由に登城可能な魔王の城は、訪問先の人物の予定次第では約束がなくとも会うことができるように開かれている。
 魔王や和磨に謁見するには彼らが興味を示す必要があるものの、前もって予約しておくような制度はない。

 それがわざわざ予定として組まれていたのは、その訪問客が世界を跨いで訪ねてくるためだった。

 史上最強と言われた魔力使いメフィストの直系の曾孫で、彼自身も当代最強と謳われる魔力使い、マーリン。
 それに。

「ミカエル! ごめん、お待たせ!」

 魔王ルーファウスに直接対峙しても怯むことのなくなった親友の姿がそこにはあった。

 ゴージャスな金髪の巻き毛を肩先までの長さでふわりとおろし、3対の純白の翼を晒す姿はそれだけで室内に明かりをもたらしているかのように光り輝く。
 その隣にはシルバーイエローの直毛を背中で1つに結い纏めた同じく6翼の天使が付き従っている。

 こちらに背を向けていた2人が振り返るのに、和磨はにっこりと微笑んだ。

「ザドキエルも随分と慣れたみたいだね。いらっしゃい」

 地底世界では姿を隠すこともなく曝け出している2人だが、一応お忍びでの来訪だ。
 地上世界経由だと天上世界の他の天使にはバレないようだと学んだミカエルが、和磨に会いにたびたびやって来るようになったのは、ここ数年の事だった。

 見事口説き落として伴侶とした同輩の天使も伴って来るのはまだ両手の指の数に余るのだが、数を重ねれば諦めるのか、ザドキエルが和磨を見る目にかつてあった嫌悪感はもうない。

 和磨が留守にしている間、来客の相手を務めていたルーファウスは、寄ってきた愛鳥に軽く口づけ抱き寄せて自分の膝の上に座らせた。
 和磨も文句はないようで大人しく腰を下ろす。

 普段は邪魔そうに漆黒の6翼を隠している和磨も、天使の友人の前ではそれを顕現させている。
 それは、地底世界でも天使である矜持を忘れず誇示する友人に敬意を払っているのに他ならない。

 3人の天使に囲まれる魔王もその状態に不満はないようで、むしろ彼らが居心地良くこの世界で過ごせるようにと疑似太陽の光量を増やすように気を遣ってくれていた。
 天上世界の友人と戯れた後の和磨は滅多に会えない友人と語り合った興奮状態からかご機嫌が良いので、夜の食事時間もノリノリという副作用があるのだ。
 ならば魔王としてもその原因となる友人たちを歓待するのに否やはない。

 天上、地上、地底の生き物が一堂に会する機会は、公式の場では皆無だ。
 が、この場が成立している現状がある。
 であれば、当然のようにそれぞれの世界の現状確認という世間話が始まるのが常だった。
 3者それぞれが各世界の頂点に立つ身分であることも理由として大きい。
 魔王は当然地底世界の頂点であるし、ミカエルは天の創造主に次ぐ天上世界の管理者。
 彼らには劣るものの魔力使いマーリンも地上世界にある人間の国の1つで政治に口を挟む権限を持つ程度には高い立場の持ち主だ。
 情勢は手に取るように分かっている。

 そんな3者の会話は、自らが住まう世界の自慢話、ではなく、他世界事情の聞き出しなのだが。

「さっきこの世界の様子を空からちょっと見させてもらったんだけど。随分と緑の多い大地になったね。昔の赤茶けたイメージが思い出せないくらいだよ」

 和磨が恋人の膝に乗ったままで淹れた紅茶に口を付け、ミカエルが話題を振る。

 ここ100年ほどで劇的に変わったのは、やはりこの地底世界だ。
 和磨が持ち込んだ挨拶文化はすっかり世の中に定着し、魔族の街でも商店街は昔よりもずっと活気にあふれるようになった。
 いらっしゃい、という掛け声に客はこんにちはと挨拶をし、買い手も売り手も双方が互いにありがとうと礼を言う。
 今では当たり前の光景だが、少し前はこんな賑やかさは欠片もなかったのだ。
 勝手に店先に現れて代金と交換で品物を買い求め、売り手もほとんど無言だったというのだから、あまりの変わりようと言わざるを得ない。

 町の外に出れば、雨が増えたおかげで幌付き馬車が定番化した街道に沿うように小川が流れており、川の周囲を中心に緑の色彩が目に鮮やかな景色を眺めることができる。
 草原の陰からひょこりと顔を出す小動物型の魔物の愛らしい姿に、道行く旅魔族の表情も綻ぶ。

 魔物よりも魔族の方が強いのは世界の心理として序列が決まっているために当然のこととされていて、だからこそ双方共に突如遭遇しても警戒心は全くない。
 魔族には魔物を捕食する必要はないし、魔物は魔族の持ち物に悪戯したり行く道を邪魔したりするような能力はないのだから。

 草食の生き物がいまだ存在しない地底世界では育ちにくい植物ものびのびと生育しており、湿気の多い土地での旅はこれまでよりも格段に快適になっている。

 天上世界でも下層の天使たちは街を作ったり行商をしたりと地底世界と変わらない生活を繰り広げているのだが、こちらは一面の土地の白と決まった場所に生育する淡い緑の植物1種類で、変わり映えのしない景色は眺めを楽しむほどでもない。
 暮らしやすい環境ではあるものの刺激が少ない世界で、天使しかいない天上世界では小動物に遭遇することもありえなかった。

 変わらない世界というのはそれだけでストレスになるのだと、変化の激しい地底世界を観察し始めて久しいミカエルはしみじみ実感している。
 その変化をもたらしたのは、天上世界で命を奪われ異世界で生まれ育ったかつての同僚なのだから驚く。

 彼が生まれ育った異世界は、それこそ流行り廃りの文化移行が1年単位という短いスパンで行われているという変化の激しい土地だった。
 それを土壌に地底世界へ変化を齎したのだから、スピードが速いのは理解できるが。

「一旦勢いが付いたらあとは放っておいても広がるものだし、最近はほとんど手をかけてないんだよ」

「畑仕事が今のカズマのブームだ。採れたての野菜はなかなか美味だぞ。昼飯は食べていくだろう?」

 ゆっくりしていくといい、と魔王が声をかけるのに、和磨も同調して頷き。
 客人たちは地底世界の創造主という雲上人なはずの魔王のそんな気軽な申し出にありがたく礼を述べるのだった。



 夕方までゆっくり談笑し名残惜しそうに帰って行った異世界からの客人を見送った2人は、そのまま寝室へと戻った。
 今日は半日翼を晒したままであったのと、疑似太陽が普段よりも明るかったおかげで、十分に光合成ができていたのでお腹が減っていない和磨に、ルーファウスが反対に腹が減ったと強請ったせいだ。

 元気いっぱいでテンションの高い和磨をベッドに押し倒し、ルーファウスがいつもより性急な仕草でその身体に手を這わせる。
 愛しい人に求められてその気にならないほど枯れていない和磨も、珍しく最初から乗り気だ。

 だから、反対にルーファウスをベッドに引っくり返してその腹に馬乗りになった和磨が自分から受け入れていくという珍しい現象に、魔王は驚きつつも歓喜に満たされた。
 時折下から突き上げてやれば、和磨も快感の声を上げて身を捩る。

「今日はいつにもまして気が乗っているのだな、カズマ」

「だって、嬉しいことがたくさんあったんだもの」

 嬉しそうにはしゃぐ声で訴えるそれに、ルーファウスもまた気を良くする。
 愛しい人の強い感情は何であってもルーファウスの御馳走だ。
 怒りや悲しみでも美味しく貪る対象ではあるのだが、やはり喜びや快感の方が見ていてこちらも嬉しい。
 ならば、こうして和磨が幸せそうに振舞う様を維持できるようにルーファウス自身も見守っていくのみ。

「嬉しいのは分かったから、少し集中してくれ」

「ルーが集中させてくれれば良いんだよ」

 くすくすと笑いながらふざけたようにそういうのに、ルーファウスも少し呆れた表情を見せたが。
 それでも幸せな笑顔が可愛くて呆れを維持することはできなかった。

 突然強さを増した突き上げに、顕現させたままだった翼をふわりと広げて和磨が恍惚の表情と共に戦慄く。
 嬉しそうなおしゃべりは途切れたが、それを忘れるほどの快楽の情が流れ込んでくる。

 じっくり味わいたいほどの美味だ。
 まだ始めたばかりだが、今日は短期集中決戦だろう。テンションが高い分、すぐに上り詰めてしまうから。

 自分から飲み込んだ切っ先が与えてくる快楽に身を委ね、和磨がもっとと強請るように腰を振る。
 それを焦らすのも貪るのも、ルーファウスに決定権が託されている。
 焦らして焦らして快感を高めてやるのも楽しいだろうが、あまり上限に余地がなさそうだ。
 ならば、一度解放してからじっくり攻めるのも1つの手。

 ルーファウスの腰骨にほぼ全体重を乗せているはずだというのに軽すぎる肢体を思うがままに躍らせて、締め付けてくるその熱い内壁の中でも特に刺激に弱い部分を集中して擦り上げる。
 それで、こちらの限界に近づく前に和磨の方が白旗を上げるのだ。

 何しろ100年毎日繰り返している情事だ。相手の事は本人以上に知っている。

「あっ……、っく! イく! イっちゃうぅっ!」

 ビクビクと痙攣するいつまでも若い身体をゆったり支えてやって、ルーファウスはそれをやり過ごしつつじっくり観察する。
 絶頂の余韻を開放して身体が弛緩するまでの一部始終を。

 それから、十分に快感が抜けきらないうちに、今度はゆっくり刺激を再開する。

 何度抱いても飽き足りない。何年経っても尽きることがない。
 2人が2人である限り。
 どれだけ世界に変化があっても、この関係にたとえ変化が生じても。
 きっと離れる事だけはないのだ。

 なぜなら、2人が2人でいることが最良なのだから。
 改良に改良を重ねても、最良が高まるだけなのだから。

「もっと食わせろ、カズマ」

「食べ過ぎ、は、良くないよ、お腹、壊す」

「カズマの食べ過ぎならそれも本望だな」

 息が切れてつらいだろうにフザケたことを言う恋人に、ルーファウスは楽しそうに笑い飛ばす。
 それから、再び目の前の御馳走に貪りつくのだ。

 楽しい晩餐はまだまだ終わらない。


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