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それがこれなのか、とルーファウスは渡された寝着を広げた。
所々に花のようなホンワリした柄と不均等なグラデーションのついた布で、それでも色が紺色なおかげで花柄の割りに可愛らしさよりも落ち着いた雰囲気だ。
うん、とカズマも嬉しそうに笑って頷いた。
「それは単色の絞り染め。
ホントは何日もかけて乾かして色を定着させるんだけど、カイムが力使ってくれて速乾でね。
さっき縫い終えたばかりだよ」
「……ん? まさか、カズマが縫ったのか?」
「なんでまさかだよ。縫うだけなら俺にもできるよ。これなら型に合わせて縫うだけだし、カイムに付きっきりで教わったもの」
ムスッとした表情で抗議して返し、それでもまだカズマは上機嫌で続きを話す。
「他のはまだ色付けの途中なんだよ。重ね染めの柄を考えててね。出来上がりが楽しみなんだ」
「カズマは物識りだな」
「興味のあることだけだよ。理数系は苦手だし、歴史とか古文とかもあんまり成績良くなかったし。美術と家庭科は結構得意だったなぁ」
「……何を言っているのかわからん」
「学校の学習教科のお話」
「ほう、学校に通っていたのか。職業を持っていたと聞いていたから、とうに卒業しているものと思っていたぞ」
そんな風に感心されて、カズマはようやくこの世界の社会構造を思い出す。
この世界の学校は裕福な家庭の行儀見習いの要素が強い。
15歳には卒業してしまい、それ以降の学習は学術研究の範囲だ。
この世界に来たのが17歳だったカズマはとうに卒業していてしかるべきと言える。
「あの世界は、成人が20歳と定められてたせいか、子供の学習期間が長くてね。
15歳までは教育を受ける義務があったし、その後は任意ではあるけどほとんど皆がその先の教育機関に進んでたんだ。
むしろ、そこまではちゃんと受けておかないと仕事がないくらいだったから、半分義務みたいなものだよね。
さらに上の学府もあって、学術研究はそれから。
だから、18歳までは大体学生だったよ。極端に貧乏だったり非行に走ってたりしなければ、って感じ」
「そんなに長い間勉強するのか。賢くなるわけだ」
「集団生活特有の問題もあったりするけどね。イジメとか。でもまぁ、概ね良い制度だと思うよ」
それをそのままこの世界に適用できるかと言えば疑問だが、かの世界には適した制度だったのだろうとカズマも認める。
イジメられる方の立場だったからあまり良い感情も残っていないのだ。
「ならば学友などもいるのだろう?」
「いなくもないけど。あんまり好かれてなかったからねぇ。
友達も個性的な人が多かったし、いなきゃいないでそれだけだよ。
仕事してた分自由に使える時間が少なくてね、深い付き合いしてなかったから」
好かれてないってお前がか? と、ルーファウスが心底驚いた様子で聞き返す。
地底では大人気なのは言わずもがなで、人気モデルだったとの自己申告もあったので、ますます信じがたいようだ。
「今は随分と人気者のようだが?」
「それだって、魔王の花嫁って肩書きのおかげでしょ?
好いてもらえるのは嬉しいけど、敬われるより対等の友人の方が嬉しいよ」
「ふむ。お前に対して気構えのない者というと、アモンとカイムくらいか」
「あとはアスタロト姉さんね」
「あれはむしろアウルだった頃の方が仲良しじゃないか?」
「そうかなぁ。自分ではあんまし変わらないつもりなんだけどなぁ」
ルーファウスに言われて初めて気がついた、というくらいのとぼけた反応だ。
指摘してみせたルーファウスが幼い反応に何故だか幸せそうに微笑んでいる。
大人っぽい雰囲気と裏腹な幼さのあったアウルアンティウスと少年らしい天真爛漫で好奇心旺盛なカズマは、まったく違うように見えても根本的な性格が似ているのだろう。
だからこそ際限なく惚れ直してしまうのだが、まぁ、不都合ではない。
「人気者なのは構わないが、お前は俺のものだからな」
「改まって何を言い出すかと思えば。
当たり前でしょう?
純白を棄てても貴方を選んだ俺を疑うの?」
「それもそうだな」
惜しげもなく漆黒の翼を晒して拗ねるくせに抱きついてくるカズマを遠慮なく抱き寄せて、魔王は魔王の威厳など知ったことかと放り出して愛しい天使に口付けを落とした。
「嬉しい贈り物だ。大切にさせてもらう」
「うん。また作るから楽しみにしててね」
「今度はお揃いにしないか?」
「ペアルック? 恥ずかしいよ〜」
「良いではないか。お前と俺が幸せで過ごすことこそ地底の平和の象徴だ」
それこそ魔王の肩書きを完全に裏切った言葉だが。
天使の性情通り平和を愛するカズマはただひたすら嬉しそうに笑って、愛しさを込めてキスを返すのだった。
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