40日目




 六枚の純白の翼を背負い、腰まである銀糸の髪を適当に一まとめに結って、ゆったりした服を好んで身に纏う。

 そんな姿が魔王の城に定着した頃のこと。

 アウルアンティウスはほとんど毎日顔を出している書庫で、アスタロトと世間話を楽しんでいた。

 魔王城の住人は最上位以外アウルアンティウスの前に姿を見せないので、だいたいはアスタロトの話を聞く一方だ。

 その日は、人の姿をした魔物が美形ばかりだという話だった。
 その状況がアスタロトは気に入らないらしい。

「古い言葉に『美人は三日で飽きる』とあるけれど、まったくその通りですわ。どいつもこいつも代わり映えのない姿で特徴がない」

 美形ばかりということは美形の定義に当てはまる容姿だということなのだから、似通った姿をしているのも当たり前だ。

 とはいえ、それが生まれ持った姿なのであれば、気に入らなくともどうしようもない。

「あら、そんなことなくてよ。魔物も上位以上になれば、自分の外見くらい自由に変えられるのですもの。みんな好きで似たような姿を選んでいるのよ」

 天上世界において常識とされるところを疑問系にして問いかければ、アスタロトからはあっさりと否定の返事が返ってきた。

「天使はそうではないの?」

 アウルアンティウスが発した問いかけから察した天上世界の常識に、アスタロトが不思議そうに問う。
 アウルアンティウスはコクッと頷いた。

「ないですね。生み出された時の姿そのままで消滅まで過ごします。下位の天使は容姿で生まれた年代が分かるくらいに皆同じ容姿をしていますよ」

「それでは誰が誰だか判別できなくないのかしら?」

「個別認識する必要がないんです。作業に無関係な会話もしませんし、他者に対して感情を持つこともないですし。
 上位以上になればそれなりに感受性を持つようになりますから、名前が付いたり容姿に個性が表れたりします」

「つまらない世界ね」

「それが当たり前の環境にあれば、つまらないと思う要因もないんですよ」

 同じ天使でありながら随分客観的に解説するアウルアンティウスに、アスタロトは感心したようだ。

「あなた自身はどう思うのかしら?」

 客観的に捉えられるからにはアウルアンティウス自身は違う考え方をしているのだろうと予測しての問いかけに、問われた方は肩をすくめて苦笑を返した。

「個性的だと生きにくい世界ではありますよ」

 明言こそ避けたもののそれ自体が暗に自分は個性的な側だと示している。
 アスタロトはそんな返答が気に入ったようで、楽しそうに笑った。

 それから、話は魔族の容姿の話に戻る。

「それでね。もう長いことこの姿でいて飽きたこともあって、思いっきり大胆にイメチェンしてみようと思うのよ」

「美形でない容姿に?」

 話の流れから判断するとそういう方向なのだろうけれど、アスタロトの美意識としてそれを望むのか不思議で問い返す。

 アスタロトはうーんと悩む仕草で返した。

「それを悩んでいるの。
 美人は幅が狭いからだいたいのイメージも湧くのだけれど、それ以外って幅が広すぎるのよね。
 あまりに不細工だと自分の美意識が許せないから、そこそこに止めておきたいのだけれど」

 どうやら相談したかったらしいと判断して、アウルアンティウスは少し考えてみる。
 何故相談相手に選ばれたのかは謎だ。

 首を傾げながらいろいろ試行錯誤して、一つの提案を思いつく。

「年代を変えてみたらどうでしょう?」

「年代?」

「ええ。人間は、肌に皺があったり白髪だったりする容姿になると、昔は美人だった、なんて評価に変わるのでしょう?」

 外見年齢を変えるという発想は思いつかなかったようで、アスタロトはなるほどと手を叩いて頷いた。

「けれど、年を経てわたくしの外見がどのように変化するものか、想像が難しいですわ。
 天使は手を触れたものの時を進めることができるのでしょう?
 手伝ってはいただけないかしら?」

 使える手に頼ろうという判断なのだろうし、難しく言葉の裏を読むような癖のない素直な性格のアウルアンティウスは、快く引き受けかけてから小さく首を傾げた。

「出来るものなら快くお引き受けしたいのですが、私の力ではお役に立てそうもないですね。申し訳ない」

「あら、どうして?」

「私の力は、その相手が本来組み込まれている時間軸に沿って進めたり遅らせたりします。
 アスタロトさんは最上位魔族だから、老化という概念がないでしょう?
 何百年時間を進めても老化しないのであれば、私の力は役に立たないのです」

 説明されれば納得の理由で、アスタロトは疑いも持たずに理解して残念そうに肩を落とした。




 翌日、借りた本を返すために再び書庫を訪ねた。

 普段はアスタロトが本を片手に寛いでいる椅子に、この世界では珍しい白髪の老婦人が座っていた。
 年齢を感じさせないぴんと伸びた背筋が生まれ持った気品を感じさせる。

 戸口で立ち止まってしまったアウルアンティウスに気付いて、老婦人は本に落としていた視線を向けた。

 何となくではあるが、その面影に元々のその椅子の主を感じる。

「え? アスタロトさん?」

 確かに年代を変えてみたらと提案したのはアウルアンティウス自身ではあるが、まさか本当にそうすると思わなかった。

「似合わぬかの?」

 戸惑いを隠せないアウルアンティウスの様子に、老婦人姿のアスタロトが何故か嬉しそうに笑って問う。

 似合うか似合わないかという二択なら似合うと断言できる。
 そのため、アウルアンティウスはただ首を振って答えた。
 アスタロトが満足そうに笑った。

「この姿でアヤツを落とせたら完璧じゃの」

「それは……好きな相手がいらっしゃるということですか? 良かったんですか?」

「ほほ。あれは外見に左右されるような可愛いタマではないわ。たまにはこのような変化も刺激的で良かろうよ」

 外見に合わせて年寄り臭い台詞を選び、アスタロトは機嫌良く笑う。
 そもそも無限とも言える時間を過ごして成就していない恋が、何の変化もない日常の中で進展するとも思えず、アウルアンティウスも素直に受け止める以外しようがない。

「お相手はどなたなのですか? 私の知っている方?」

「おや、意外。気になるかの?」

「ええ、少し」

 天使の世界でも上位以上になれば恋はしなくもないし、多少の噂話も興味を持つ余地はある。

 その中でアウルアンティウス自身は他人の噂話にはあまり興味を持たない方ではあったけれど。

 珍しく他人の色恋に興味を持ったアウルアンティウスに、アスタロトは答えるかわりににんまりと人の悪い笑みを見せた。

「人の恋路に興味を持つのは自身が恋をしている証拠よの」

「恋? 私が?」

「もっとも、そなたの恋路の相手は分かりやすいがの。自覚しておらなんだろう?」

 自覚しているかと問われれば、それは否定するしかないだろう。
 そんな感情が自分にもあるのだということ自体無自覚なのだから、その次のステップに進めるはずもない。

「そなたの前に囚われていた複翼の天使は、毎夜泣き叫んでおったよ。
 男性体なのに女扱いされるのは我慢できない、強制的に感じさせられるのが嫌だ、いっそのこと殺してくれ、とな」

「……私はこの立場を自ら望んだ。覚悟が違う」

「それだけかの? まぁ、ゆっくり考えてみれば良かろうよ」

 ほっほっほっと年寄り臭い笑い方をして、アスタロトは話を切り上げてしまう。
 つまり、これ以上は自分で考えろということなのだろう。

 黙りこんでしまったアウルアンティウスに、アスタロトは満足そうに微笑んでいた。





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