2日目




 早朝。

 身体に真っ白なシーツを巻きつけて、床に放置されたままだったくしゃくしゃの自分の服を広げ、アウルアンティウスは柄にも無く困っていた。

 自ら進んで虜囚の身になっておいて今更ではあるが、まさかこんなところに落とし穴があったとは。

 毎日着るものを取り替え、丁寧に手洗いして着回していたせいというべきだろうか、前日に袖を通したものを再び身に着けるのに躊躇してしまうのだ。

 そんなわけで脱ぎ散らかしたままだった服を広げて眺めていて、どうやら唸っていたらしい。
 ベッドでまだ眠っていたはずのルーファウスに声をかけられた。

「まだ起きるには早いだろ、アウル」

「……妙な略し方で私を呼ぶな」

「良いじゃねぇか。お前にもルーと呼ぶことを許してやっただろ? おあいこだ」

「勝手に認めたのではないか。それにあんな最中のことなど責任を持てない」

 広げていた服を胸元に引き寄せながら、ベッドに横たわったままのルーファウスを振り返る。
 そうしてみて、急に昨夜の情事を思い出したらしい。
 ぞわぞわっと翼を震わせて身を縮め、大慌てで布団にもぐりこんだ。
 実体を持たないはずの翼が布団の中で窮屈そうに身じろぎする。

 そんな可愛らしい反応に、ルーファウスは思わず噴出しかけて口元でそれを抑えた。
 今笑ったら確実にこの天使は機嫌を損ねる。
 それで拗ねて反応してくれなくなるのでは面白くないのだ。

「で? お前、何を困っていたんだ?」

「……着るものが無い」

 正直に答えられて、一瞬何を言ったのか理解できなかったルーファウスだったが、その両手で広げられていたものを思い出して納得した。
 一日二日なら同じものでも気にしないルーファウスとて、何日もずっと同じ服を着たいとは思わない。
 ましてや綺麗好きの天使であれば、考えることは簡単に想像が付く。

「用意してやるよ。とりあえず、俺の寝着でも着てろ。今出してきてやる」

 言うが早いか、その立場にしては随分と腰の軽い魔王は、全裸のままでベッドを降りてウォークインクローゼットに入っていった。
 自分も適当にラフな服装を身に着けて、アウルアンティウスに着せるには少々大きいサイズの寝着と帯を手に戻ってくると、布団からはみ出して見えている銀糸の髪を覆うようにそれを放った。

「ちょっと呼んでくるから、お前はそれを着て隣のリビングに出て来い」

 布団をかぶったままのアウルアンティウスが返事を返すのも待たずに、ルーファウスはさっさと部屋を出て行ってしまう。
 その足音が聞こえなくなるまで待って、アウルアンティウスはベッドにのっそり起き上がった。

 特に何のにおいもしない清潔な衣装――といっても寝着であるだけに随分無防備ではあるが――を広げ、それを与えてくれた魔王の言動を思い返して、アウルアンティウスは表情に少しの笑みを浮かべた。

 リビングに出てソファに座りぼんやりしていると、多くの人の足音が近づいてきたと思った丁度その時に入り口の扉が開かれた。
 先頭に姿を現したのはルーファウスで、それぞれに紫と臙脂の髪を持つ褐色の肌の男が二人、さらりとした金髪をショートカットにした碧眼の青年が一人、それに鮮やかなエメラルドの髪の美女が一人。
 紫の男の手には布の束が抱えられている他は皆手ぶらだ。

「自ら虜囚の身になったっていう潔さが気に入ったようでな、こいつらみんな野次馬だ。
 俺が呼びにいったのはカイムだけだぞ。まったく、暇人どもめ」

「まったくその通りですわ、陛下。退屈でたまらないが故に、珍しいものには目が無いのですもの」

 答えたのは紅一点の美女で、すぐ傍で金髪の青年がそうそうと同意を示して頷いている。

「紹介しておこう。端から、カイム、アモン、アスタロト、ベリアルだ。
 魔の者とはいえこいつらはそれなりに理性があるからな、良い話し相手になるだろう」

「……良いのか?」

「城内からは出さないがな、それ以外は好きにしろ。
 どうせ、この世界にお前の力に敵う奴もいない。
 だが、逃がす気もないからな、それは諦めるんだな」

 そろそろ『一応』の文字が必要になってきた気がするのだが、虜囚の身であるアウルアンティウスに対してやはり随分と自由を許されている。
 逃がさない自信があるが故なのではあるだろうが、不思議だと思わざるを得なかった。

「ミトラにも同じ待遇を?」

「誰だと?
 ……あぁ、お前が身代わりになった四つ羽か。
 あれは寝室から一歩も出さなかったさ。
 目を離せばさっさと逃げ出しそうだったからな。
 だが、お前は自分から逃げることは無い。
 これでもお前が言う『天使の約束』には信頼を置いてるのさ」

「……酔狂なことだ」

「酔狂おおいに結構。型通りじゃつまらねぇだろ」

「確かにな」

 言い分を自然に認めて返して、アウルアンティウスは肩の力を抜いた。
 思考を理解できる相手に対していつまでも肩肘を張っていても疲れるだけだ。
 どうせ逃げられないのなら、楽に生活できる環境を選ぶべきだった。

 アウルアンティウスの中で何か決着が付いたらしいと見て取れたらしく、布の束を抱えていたカイムが前に進み出てくる。

「体格がベリアルと同じくらいで丁度良かった。作ってあった服を適当に持ってきたぞ。好きに使え」

 ほら、と渡された布の束は、受け取れば意外にずっしりと重かった。
 いずれも色の付いた柔らかな布地を惜しげもなく使った質の良い服で、普段真っ白な服しか着ていなかったアウルアンティウスには目に眩しいほどなのだが。

 どうしたものかわからず困ってルーファウスに目をやれば、彼は困った表情を人の悪い笑みで眺めていて、それからおもむろにその手を差し出した。

「選んでやろうか」

「……頼む」

 色の付いた服など着たことのないアウルアンティウスには、どのように着合わせればおかしく見られないのかも判断が付かないのだ。
 それゆえに、素直に頭を下げた。

 選ばれたのは白い無地のTシャツに黒いストレッチパンツ、それと淡い緑色の大きな布をたっぷり使ったローブだった。

「寝室で着替えて来い。他の服もクローゼットに掛けて来いよ。余ってる所は自由に使って良い」

 随分と好待遇で野次馬たちが驚いた表情だったが、そろそろ慣れたアウルアンティウスは素直に寝室へ戻っていった。
 いつまでも自分だけ寝着だったのが気になっていたのだろう。
 逃げるようなすばやさだった。

 天使が部屋を出て行くと、彼自身が光でも放っていたかのように室内が少し暗くなった。
 相手が最上位天使であるだけに、彼自身が光の元であったとしても驚くことではないが。

「……少し、予想と違いましたわ」

「アスタロト?」

「もっとつんけんした感じを想像してましたのに、むしろ心もとない表情が迷子のヒヨコのよう。興味深いですわね」

「賢者の血が騒ぐか。
 あれでも最上位天使だ。議論でもしてみたらお前には面白いかも知れん」

「よろしいのですか? お借りしても」

「好きにしろ。夜にここに返すのであれば制約は他にない。むしろ、天に帰りたいなどと思わせなければなお良いな」

 答えて、ルーファウスが寝室に目をやる。
 丁度良く、閉まっていた扉が開き、中にいた天使が姿を見せた。
 ゆったりしたそのローブがアウルアンティウスの瞳の色と似ていて、純白なイメージを持たせる天使にしては随分とよく似合っている。
 六枚の翼は穴の空いていない服をまったく邪魔にせずに背中に普通に生え揃っていた。
 さすが、実体のない存在だ。

 この魔物しか棲まない地底世界で作られた衣装を、まるで元々自分のものであるかのように自然に着こなされると、作った者としても満足のため息を漏らすしかない。

「創作意欲を刺激する奴だな。戦天使、お前しばらく地底にいろ。いろいろ作ってやる」

 どうやらカイムの興味も掻き立てたらしい。
 隣のアモンは少し面白く無さそうだが。

 天使という生き物は地底世界においては表情の乏しいつまらない存在だと思われているのだが、この最上位天使は戸惑ったりあっけに取られたり困ったりと表情が忙しなく動いて人の興味を煽る。

 囚われて二日目にしてすでに三人の魔物を虜にしたことも自覚のないまま、アウルアンティウスは周囲の魔物たちのいろいろな反応に首を傾げるのだった。





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