禁忌の恋 1日目




 天上世界の中では広い部屋を与えられて生活していたアウルアンティウスにとってみても、この部屋は広大だった。
 ただし、身分と立場に似合わず豪奢な内装とは言い難い簡素なつくりで、もう少し飾っても良いのではないのかと、普段もっと簡素な空間に身をおいていながら思わされるほどだった。

 そこは、いくつかの大小の扉と小さな作り付けの両開きの棚、丸テーブルに椅子が二脚、あとは部屋の中央にどんと置かれた巨大なベッドのみが置かれた、つまりは寝室だった。
 この部屋に放り込まれ、この扉を開ける以外は好きにして良いとだけ言い置かれて放置され、早一時間が経過している。
 真っ先に外に向かったガラス窓を開けようとしてみたが、さすがにビクともしなかった。
 つまりは、閉じ込められたものの室内では好きにしろ、という中途半端に自由な立場に置かれたわけだ。

 捕らわれた上位天使を天上世界へ戻すのと引き換えにこの部屋の主の虜囚になることを了承した手前、逃げ出すことは誠実を旨とする天使には出来ない相談ではあるが。
 それにしても、捕らわれて早々に困惑の事態だ。

 身体の自由も能力の発現の自由も奪われず、行動範囲を限定されこそしたものの、経口食を必要としない魔王の部屋にしては不思議に思える下の用事のための小部屋にまるで書庫のような蔵書を誇る重厚な黒檀の机を置いた書斎、スペースほどの衣類は収納されていない閑散とした衣裳部屋といった各部屋に繋がる扉はすべて出入り自由なのだ。
 自分の立場を改めて振り返れば、随分と贅沢な待遇だといって間違いない。

 自分が身代わりになったかの上位天使がこれらの待遇を喜んで甘受していたかといえば、非常に否定的な想像を否めない。
 しかし、アウルアンティウスにとっては随分と居心地の良さそうな部屋だった。

 ただし、この部屋で自分の身に降りかかるであろう事態を考えれば喜んでばかりもいられないわけだ。

 とにかく室内を一通り探検してベッドに腰を下ろしたまま、何をすることもなく時間を過ごすことさらに一時間。

 突然、室内で一番大きな扉が開いた。
 開けるなと唯一言われていたその扉だ。

 現れたのは体格の大きな深紅の美丈夫だった。
 アウルアンティウスをこの部屋に閉じ込めた張本人、この世界の魔王である。
 魔王はベッドに座り込んだ純銀の戦天使の姿に少し驚いた表情を見せ、それからにやりと笑った。

「書斎にでも閉じこもってるかと思ったがな」

「身代わりを承諾したのは私だ。天使は約束を違えない」

「そのようだ」

 機嫌良さそうに頷いて魔王はひょいと何かを投げてよこす。
 それは、不思議な暖かさを持つ白く濁った丸い球だ。
 それの正体がわからず手元に受け取ったそのままで固まっていたら、魔王は何がツボにはまったのか楽しそうに笑い出した。

「何を笑う」

「いやぁ、そういう子供っぽい顔も出来るんじゃないか。可愛い可愛い」

「……侮辱にしては中途半端だが失礼だな」

「侮辱じゃねぇよ、正直な感想だ。素直に受け取れ」

 まるでからかうように声をかけながら、ベッドに腰をかけているアウルアンティウスの隣にどさっと座った。
 おかげでベッドがはねて、アウルアンティウスの軽い身体もバウンドする。
 ふわんと六枚の翼が身体の落下を止めるように小さく広がって、また背中に落ち着いた。
 まるで小鳥のような反応だと、相手は明らかに成鳥の威厳であるにも関わらず感想を持つ魔王である。

「それで、これは何だ?」

「擬似太陽だよ。
 お前ら天使は光合成でエネルギーを得るんだろう?
 この地底世界は太陽がないからな、空に浮かんでる奴じゃお前のその無駄に多い翼でも十分なエネルギーは摂りきれないだろう。
 好きなところに浮かべとけ」

 浮かべるといっても、それを浮かべるのは魔力が必要だ。
 どうやって、と眉間を寄せて突っ込むようにぼやくと、その表情すら魔王には気に入る表情であるらしく、その立場に似合わず穏やかな笑みを向けられた。

「適当に空中に放れば良い。天井あたりの高さでとどまるようにしてある」

 至れり尽くせりだ。
 気まぐれに捕まえた敵の捕虜であるはずの天使に対して手をかけすぎではないかと天使自身に思わせるほどに。

「それと、報告だ。
 お前を身代わりにした上位天使だが、無事に天上世界の扉をくぐっていったぞ。
 開放した途端一目散に逃げたそうだ。薄情な部下だな」

「天使とはそういうものだ。
 最上位天使へ報告と今後の対策の伺いを立てに行ったのだろう。
 この場所が相手では彼一人もがいたところでどうにもならん」

「冷静というか冷酷というか。天の生き物はまったく情に薄い奴らだよ。
 お前はその中では珍しい。天使にしちゃ情に厚すぎじゃないのか?」

「情があることが悪いことだと?
 確かに天使のうちでは異端扱いされることもあるが、問題があるわけではない」

 そもそも格下の天使を逃がすために自分が身代わりになろうとは、情がなければできないことだ。
 しかし、天使に恋心などないものと理解している魔王はその情をこの最上位天使の私情であるとは判断しなかった。
 おそらく慈愛に分類される情であるだろうし、それは確信に近い判断だ。

 魔王にからかわれたのか呆れられたのか誉められたのか判断がつかずに憮然とするアウルアンティウスに、魔王はクックッと楽しそうに笑った。

 それから、受け取った白球を困ったように転がすアウルアンティウスの手元からそれを取り上げてベッドの枕元に放り、ビックリして翼を立てた天使を力任せに手の内に抱き寄せベッドに押し倒した。
 おしゃべりをするにしても、身体の相性を確認してからだ。

 翼の存在をまるで無視されて仰向けに押し倒されて、その瞬間は驚いて目を丸くしたアウルアンティウスは落ち着いてから軽くため息をついた。

「結局するのか」

「初めてなんだろう?
 安心しろ。痛いことも苦しいこともほとんどないように気をつけてやるよ。
 素直に感じてると良い。
 その方が俺も短時間に満足を得られるからお前自身にも負担が少なくて済むぞ」

 優しいのか強引なんだか良くわからない物言いで、そもそも逃げる権利などない上に腹も括ってあったアウルアンティウスは、深くため息をついて身体の力を抜いた。
 抵抗するだけ馬鹿らしい。相手に丸投げしてしまえばあれこれ考える必要もないし気が楽だった。

 天使は身に纏う衣装を含めて一個体だと言われるほどいつも同じ恰好をしているのだが、もちろんそんなことはない。
 衣装が支給品であるためデザインの幅が極端に狭いだけであって、毎日自分で手洗いする程度にはキレイ好きが多い。
 アウルアンティウスもその一人だ。

 その白一色の清潔な衣装を、魔王は粗野な性格が嘘のように優しい手つきで脱がしながら、露わになった白い肌にキスを落とす。
 強い脈動を感じさせる頚動脈の上に味見するように口付けて、不快そうに眉間に皺を寄せてそっぽを向く非協力的な獲物の様子にくっくっと喉を鳴らして笑った。

 器用な手であっという間に服を剥ぎ取り、ほんのりピンクに色づいた肌をゆっくりと撫でながら快感のツボを探す。
 時折どちらかといえばくすぐったそうに身を捩る姿を可愛らしいと思える自分に、魔王はどうやら殊の外気に入ったらしいと自嘲した。

 魔王の手が胸元を楚々と飾る小さな乳首を掠めた時、アウルアンティウスは自分の身に走った感覚にふるりと身体を震わせた。
 それは初めて感じる感触だったのだ。

「……な、に?」

「あぁ、感じたか。良かった、不感症というわけではなさそうだな」

 その感触の正体を魔王は知っているらしい、というくらいがアウルアンティウスが持ち得る感想だったが。

 今度はねっとりと生暖かいぬめったもので乳首をなぞられて、今度こそ身に電流でも走ったように身体を捩る。
 それは何故か、不快ではないのだ。
 見下ろせば、魔王の舌に舐められていた。

「そんな、ものを」

「気持ち良さそうだぞ」

「気持ち良い? 私が、か?」

 まさか、とでもいうように驚いているアウルアンティウスの表情にこそ、魔王は目を奪われているようだ。

「可愛い顔をするな、お前」

「……誰が」

 指摘された途端に憮然とした表情を見せるからなおさら可笑しく感じるのだが。

「聞き忘れていた。戦天使リュシフェル、お前の真名は?」

「それを聞いて何とする」

「呼ぶに決まってるじゃねぇか。
 戦天使もリュシフェルの名も、誰も彼もが気安く呼ぶ名だ。
 ベッドの中の睦言までそれじゃ色気がねぇ」

「色気……」

 そんなものはそもそも自分にはない認識であるから、アウルアンティウスは驚き呆れた。
 そのふざけた物言いにしては真剣な魔王の表情に引きずられて、大きくため息を一つつき、観念する。

「オーランティア」

「随分古い読み方で返してきたな。
 それでいくと……アウランティウスってところか?」

「……アウルアンティウスだ」

「おっと、惜しい。
 その読み方なら、俺はルシファーだな。
 お前の職名と近い名だろう? おかげでずっとお前には興味があった」

 確かに語感は近いようだ、と頷きつつ、アウルアンティウスは今聞いた名を綴りに変換し現在の読み方で読んでみようとするのだが。

「……読み辛い名だな。ルー……」

「ルーファウスだ。以後お見知りおきを、お姫様」

 ルーファウスとは、天上界のみに伝わる古の言葉では、探求者という意味を表す言葉だ。
 そしてそれは、天上界で古い時代に姿を消した第七の最上位天使と伝わる名前だった。
 大天使、戦天使、守護者、告知者、断罪者、記録者、そして探求者。
 天と地の理すらも定かでない遠い昔に姿を消したと物語にのみ残るその名を、まさか地底で聞くとは。

 あまりの事実に唖然としているアウルアンティウスに、魔王ルーファウスはゆっくり顔を近づけ、桜色のぽってりとした小さめの唇に自らのそれを重ねた。
 開いた口が塞がらない状態でぽかんと開けていた口内に舌を差し込み、我が物顔で嘗め回す。

 それは初心者であるアウルアンティウスにとっても気持ち良いとしか感じられないディープキス。
 一気に現状に引き戻されて、しかも心では拒否しているはずにも拘らず不思議と心地よくて、アウルアンティウスは不機嫌を隠しもせずに眉間にしわを寄せた。
 それを肌で感じたのか目の前で見たのか、唇を合わせたままで魔王はニヤリと口の端だけで笑った。

「……何?」

「気持ち良いくせに嫌そうだからな。この程度でその反応だ。先が楽しみだな」

 嫌がられるのが楽しみとは随分と嫌な趣味だ、とアウルアンティウスは脳内で毒づく。
 納得済みの行為であるだけに態度に示すことは最上位天使の名に恥じる。
 それゆえに、ただそっぽを向いて見せただけだったが。

 話をしていて止まっていた手を再び動かしだす魔王に、アウルアンティウスは時折快感を押し殺しながら受け止めた。
 びくっと反応する身体も快感と不快感をない交ぜにして眉間による皺も、百戦錬磨の魔王には初々しくて可愛らしいのだが、本人は気づいていない。

 結局慣らされていく身体の熱を逃がすように、呼吸が弾む。
 それは快楽に息を弾ませているようにしか聞こえず、ルーファウスは目の前に横たわる美味そうな餌のその後腔に指を這わせた。

「ひぅっ」

 小さいけれど確かに聞こえたのは悲鳴のようだった。
 だからこそ、その手を止めて様子を伺うようにその顔を覗き込んだのだが。
 何かを耐えるようにきゅっとつぶった瞼が震えていて、頬はバラ色に染まり、半開きの唇から小さな舌がちらりと見えていて。
 あまりに扇情的で魔王はらしくなく我を忘れた。
 痛がっているようではないのをいいことに、多少無理を押して差し入れる指を増やし、胎内にあるはずの快感点を探る。

「……っ、ぁあぅっ!」

「これか」

 何度か強く押して反応を確かめ、今度こそニヤリと魔王らしい笑みを見せ。
 強引に指を引き抜くと、この初心な天使が自我を取り戻す前にその怒張を代わりに押し込んだ。

「あぁっ!」

「……くっ」

 引き千切られそうに、けれどけして痛みを与えず先を強請るように蠢く胎内に、挿れた途端に持って行かれそうになる。
 それほどの相性。
 流れ込んでくる美味な生気は、今までに味わったことのない極上品だった。

 挿入のショックが多少落ち着くのを待って、腰を揺らめかす。
 快感に震える身体をおして目を開いたアウルアンティウスに潤んだ瞳で見上げられて、その声が聞こえるように身体を押し倒して見た。

「どうした、痛いのか?」

「ちが。……はね、くるし」

 仰向けに寝かせたおかげで二人分の体重を支えることになった翼が、実体はないにせよ顕現しているうちは痛みもわかるようで、窮屈だと訴えてきたらしい。
 嫌だとかやめろとか言われなかったことにルーファウスは驚きつつも、その訴えを無視するほど酷い性格ではない自覚はあるが故に、その身体を抱き起こした。
 自分がベッドに座り、その上に抱きしめた天使の存外軽い身体を下ろす。

 自重で深く差し込まれる楔がつらかったのか、自由になった翼を大きく広げたアウルアンティウスがルーファウスの背にしがみ付きながら悲鳴を漏らした。

 その後は、実に従順だった。
 強く揺すられ深く差し込まれるそれを、戸惑いながらも大人しく受け止め、快感に喉を震わせる。

 素直に抱かれればすぐに済む、といった自分の言葉を、さっさと取り消したいと思った。
 それだけ、いつまででも抱いていたい極上の身体だ。

「アウルアンティウス。お前が気に入ったぞ、アウル」

「ぅあ、や、ルー、ファウ、ス」

「ルーで良い。俺の名を呼べ、アウル。いくらでも快楽を与えてやる」

「あ、あんっ、ルー。も、ダメっ、ああぁっ」

 それは、純銀の戦天使が深紅の魔王の腕に本当の意味で捕らえられたその瞬間であった。

 その一瞬、魔王の城内に地底世界には相応しくないほどの穏やかな空気が満ち溢れたのだが、ベッドの中で連続二回戦目に突入しようとしていた二人には知る由もなかった。





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