聖魔の剣 1




 その日。天上世界は大騒ぎになった。

 地底世界に消えたはずの最上位天使リュシフェルの突然の訪問。
 天使の数に数えられながら地底世界に与する厄介者と見做されている彼について、天上世界の上層部は一般の天使に対し、反逆者ながら討伐困難につき放置、とお触れを出していた。
 その当人が天上世界に現れたわけだ。侵略行為と身構えて当然の事態といえる。

 何の抵抗もなく開かれた門をくぐり抜け、漆黒色の天使は真っ直ぐに目的地を目指した。
 白一色の世界においてその漆黒は随分目立つ存在だが、これを汚点と見るかコントラストの妙と見るかは見る者次第。
 天上世界の有り様としては前者が圧倒的多数だが、かつてのリュシフェルのように後者の考え方を持つ存在もないわけではない。
 そんな同志に会うために、彼は自ら天上世界へとやってきていた。


 周囲を遠巻きに取り囲む天使たちに警戒されながらたどり着いたその目的地は、天上界の中央に聳え立つ聖王の塔の中腹、大天使ミカエルの公室だった。
 聖王に成り代わり天上世界を管理する大天使の執務室ともなれば、この世界の中枢と言い換えられる。

 空を飛べばこの部屋の窓から易々と侵入できるはずだが、本質は天使そのものであって何も変わっていない彼はその常識に則り、聖都の門からずっとその足でふわふわの地面を踏みしめて歩いて来ていた。
 取り囲みながらも警戒しすぎて近づけず、ただ前後左右を取り巻くのみの兵士たちを従えて、まるで彼らの庇護を受ける重要人物のような登場の仕方だ。

 突然の訪問を受けた大天使ミカエルは、彼を取り囲む警備兵らを労いの言葉と共に追い返し、招いた覚えのない客人に室内への道を譲った。

「黒翼の客人よ、何用で参られた」

 椅子を勧めることもなく、ミカエルは警戒を解かないままに問う。
 そんな台詞に対して、彼は苦笑を返すのみだ。

「そなたはこの清浄なる地を自ら放棄した咎人。我ら最上位天使の討伐対象であると心得るが」

「冷たいですね、ミカエル。貴方はもっと柔軟な人だと思っていましたよ」

 むしろ自分よりも余程破天荒な性格であったとまで言及し、彼は楽しそうに笑う。
 ミカエルという名のこの旧友の立場を良く心得ているからこそ、穏やかな笑みを見せるに留まっていた。

「……もう一度聞く。何用だ」

「昔預けたものを引き取りに」

 変わらず穏やかに微笑んで、それが何かも明かさずに謎めいた答えを返す。
 預かった覚えなどないミカエルは、訝しげに眉を寄せ、自らの執務机に向かう椅子に腰かけた。
 丁寧に折り畳まれて背もたれを器用に避けて収まるその翼の様子に、デスクワークが長い事がおのずと明らかになった。
 活動的な彼に対しては、気の毒だとも思える光景だったが。

 ミカエルが椅子を勧めてくれないばかりかお茶も出してくれないため、彼は軽く肩を竦めると背後を振り返った。

「給湯をお借りしますよ」

 立場も姿も変わってしまったが、この執務室では随分と長い時を過ごしている。
 そのほとんどはこの奔放な友人が放り出した事務仕事の肩代わりのためだったので、かつての彼にとっての自室と大差ない。

 勝手に茶を淹れはじめた彼をしばらく観察して、ミカエルは背もたれに翼ごとその背を預けると深く溜息をついた。

「……リュシフェル」

「おや、ようやく呼んでくれましたね」

 小さな盆に二つの湯のみ。ミカエル自身ですらこの友人がいないところでは飲まない茶の芳醇な香りが室内に漂う。
 
「よく茶葉が無事だったな。しばらく手をつけていないが」

「あの茶筒には時を止める魔法をかけてあります。貴方も一人では飲まないのは知っていましたからね」

 今目の前にいる彼がまったく異なる色合いをその身に纏っていた頃の話だろう。
 この姿でこの執務室へは初めて足を踏み入れるのだから。

 楽しそうにくすくすと笑いながら執務机に湯飲みを片方載せて、彼はもう片方を手に持つとフワリと空中に腰を下ろした。





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