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連れられて案内されたその場所は、正方形の魔王城の中央にぽっかりと開いた中庭だった。
リュシフェルとルーファウスが初めて出会ったテラスもここで、和磨に恋心を抱きつつも和磨の恋人は魔王その人であるべきだと頑なに信じている薬師ベリアルが丹精込めて育てている庭である。
その中央は、グリフォンが二、三頭は一度に降り立てるほどの広さを持った広場になっている。
その広場へ降り立ったグリフォンは、和磨が続いて降りてくるのを待って、庭を囲む回廊の一辺に向かった。
そこには、椅子に腰掛けて壁に掛けられた絵画を見つめる魔王の姿があった。
近寄ってきたグリフォンを当然のように撫でて、その後に続いた和磨の姿に驚いている。
悪戯に成功したことをほくそ笑むような上機嫌で、グリフォンは魔王の足元にうずくまった。
「ルーファウス。何してるの、こんなところで」
「カズマ……」
こんなところでもなにもここは魔王の城であり、主が城内のどこで何をしていようと自由にしていて良いのだが、あまりにその行動が不自然だと思ったのだ。
そう問いかけて、和磨はルーファウスが見ていた絵画にようやく視線をやった。
「い、いや、これはだな……」
「あれ? なんだ、俺の絵じゃん。こんなところに飾ってたんだ」
カズマに気づかれた途端に焦りだした魔王ルーファウスだったが、そんな恋人の態度を特に気にも留めず、和磨はしげしげとそれらの額縁に納まった絵を眺めていた。
すでに三十枚を越えているそれらは、それぞれに描き散らしていた自覚があった割りに並べてみると意外に特徴が似通っている。
描く人が同じだとやはり同じ雰囲気のものができあがるらしい。
「額縁に納めるとなんだか違って見えるね。俺が描いた絵じゃないみたい」
「……嫌がるかと思っていたが」
「ん〜。まぁ、確かにちょっと恥ずかしいけどね。ルーが気に入ってくれてるならそれで良いよ」
それは和磨にとって見ればルーファウスのために描いて贈ったものであって、贈られた側がどんな扱いをしていようと構わないわけだ。
確かにそれを目にするのは多少恥ずかしい気もするのだが、だからといって何らかのケチをつけるつもりもない。
嫌なら最初から贈ったりしない。
それらの絵が描いた順番に並んでいるのに気がついて、さらに向こうにずっと続く何もない壁を見やり、和磨はふと首を傾げた。
「何でここにまとめて飾ってあるの?」
「これから何枚でも描くだろう? いずれこの回廊を一周埋めるほどに」
「それだけの枚数を描け、ってことかな」
「言いだしっぺはベルゼだぞ。確かに俺も認めたが」
少しむっとしたのに敏感に気付いて魔王はここにいない第三者に責任を押し付ける。
嘘は言っていないがこのタイミングで明かす目的は実に明白だ。
「別にそんなに取り繕わなくても怒らないよ。
放っておいても何年かすれば埋まると思うけど。全部違う種類っていうのは難しいと思うな」
「あぁ、それは構わん。好きな物を描けば良い。
そうして生み出された魔物どもも生まれる前の一時のみより何度も描いてもらえれば嬉しかろうよ」
和磨の機嫌を損ねなかったことにホッとしながら答える魔王に、足元にいるグリフォンも同意を示すように尻尾を振った。
黒い蛇の頭になっているその尻尾は禍々しいイメージに繋がるはずだが、妙に愛嬌のある無表情でふわふわと浮いている。
それにしてもと魔王は突然話題を変えて、和磨の髪に手を伸ばす。
「今日は髪を結わないのか? 流した髪も美しいが」
「だって、髪を結うのはルーの役目なんでしょう? 俺が自分で結ったら怒るくせに」
「なんだ、取っておいてくれたのか。それはありがとう」
ならば早速、とそそくさと立ち上がって自分が座っていた椅子に和磨を座らせ、ルーファウスはその背後に回ってしっとりとした黒髪を手に取った。
アウルアンティウスであった頃の銀髪とはまた違った滑らかな触り心地だ。
それを手櫛でするすると漉いて、右の横髪の一部を細い三つ編みにしていく。
大人しくされるがままにしていた和磨だが、これはしばらく弄られそうだと判断すると、手に持っていた画材を膝に乗せてペンを走らせ始めた。
こうして飾られると思えばそれに見合う絵を描こうと気合も入る。
ペンの動きに躊躇がないので、完成図はすでに和磨の脳裏にあるようだ。
和磨の黒髪はルーファウスの手によって、左右の髪を三つ編みにして結びいれたポニーテールを白いレースのリボンで結んだ、深窓の令嬢を思わせる髪型になった。
そんな性別を疑わせるような髪型でも似合ってしまうのはおそらく素材が良いからだろう、と勝手に満足そうに惚気て、ルーファウスは同じ椅子を持ってくると、和磨の背後を陣取るように腰を下ろした。
和磨がせっせと手を動かしているのに合わせて、背に生やした三対の漆黒の翼がバラバラに宙を掻く。
ふわふわと柔らかいその翼は、朝からあちこち歩き回って飛び回ったせいで少し毛羽立ってしまっている。
それを一枚一枚丁寧に繕っていく。
大きな風切り羽根は芯が硬くしっかりした手触りだが、翼を覆う羽毛は実に柔らかで手触りも最高なのだ。
丁度用事があってそばを通りかかったベルゼブブが、楽しそうに絵を描く和磨とその翼をこれまた楽しそうに繕っている魔王の姿を目撃し、ふっと目元を和らげた。
二人がこうしてのんびりと日常を送れている限り、この地底世界の平和は安泰だ。
そう自然と思わせてくれる、和やかな光景だった。
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